人工甘味料
「先輩、お疲れさまでした。今日もいい絵が描けました。」 それはお決まりのセリフ。 にっこりと百点満点の笑顔を浮かべる彼に、私はもう茶化す気も起きず、小さく溜息を漏らす。吐息は、夕日に照らされたあたたかな空気に溶けていった。 「いつもおれのわがままに付き合ってくれる優しい先輩に、お礼ですよ。」 そう言って、彼は白い包みのバニラアイスを私に差し出した。 ありがと、ホールに反響する無愛想な自分の声を聞きながら、後輩からの差し入れをいつも通りありがたく受け取る。 ピリ と封を破ると、人工的な甘さが香った。 誰もが認めるこの美少年は、平凡な私に随分とご執心らしい。 顔が良すぎる新入生が居る、と入学式直後から噂が流れるくらいには、彼は有名人だった。 部活勧誘の季節になれば、大勢(特に女子)は、その新入生に殺到した。 学校全体が彼に夢中だった。 そうすればなるほど、興味がなくても噂は耳に入ってくるものだ。 美形で、儚げな外見。体が弱く、過度な運動を医者から止められているらしい(運動部の友達はそれを聞いて揃って残念そうにしていた)こと。そして言わずもがな、モテモテなこと。 名前も知らない新入生について、恋愛漫画に出てくる王子様みたいだ、と私は頭の外側の方でぼぅっと考える。 間もなく、彼は美術部に入ったという噂が流れ始めた。それにつれ、彼の話も徐々に話題に登らなくなっていった。 それでもワイワイと騒がしい教室の中、静かにしているのは私と隣の席の女の子くらいのものだった。彼女は最近ずっと机の上の絵とにらめっこしている。なんでも、部活の次の課題が終わらないらしい。人の絵のデッサンだそうで、なかなか上手くいかないと愚痴を零していた。モデルがいないなら私を書けばいいじゃないと冗談めかして提案してみたが、怪訝な顔をされた。すみませんね、つまんない顔で。ちなみに、例の新入部員は沢山の部員からモデルになってくれとせがまれ、部活中ずっとポーズ人形と化している、と窓越し向かいの美術教室に目をやりながら教えてくれた。 モテるってのも相当大変らしい。 しかし、部活に入っていない私にとって、それはただの他人事だった。 特にやりたいこともない。ただ、のんびり幸せな毎日を過ごせればそれでよかったから。 と言っても、家に帰る気も起きなかったので、下校のチャイムまで残るのが日課になっていた。 カラスが鳴き始めたと思うと、もう空が赤くなっていた。チャイムが鳴る。最終下校の催促だ。 のんびりと帰りの支度をし、下駄箱へ向かう。案の定もう人気はなく、いつも通り、私以外の靴箱は同じ薄汚れた白で埋まっていた。 突然、静寂に乱暴な足音がする。ドンドンドンドンドン。誰かが階段を下りているらしい。段々と音が大きくなる。 足音は、玄関ホールに差し掛かったところで止まつた。 顔を上げるとそこには黒髪を乱した、彼の姿があった。 白い顔が赤くなっているのは、きっと夕日のせいだけではない。慌てて走ってきたのだろう、息づきは酷く苦しそうだった。 薄い唇は、吐き出す息と共に音を紡ぐ。 「せん、ぱい」 「おれの絵の、モデルになってください。」 芯のある声が、ホールに反響した。 断ろうとしたが、「だって暇なんでしょう。」と言われると反論も出来ず、しまいには「お菓子あげますから」と一言で、彼の絵のモデルになることになってしまった。 見た目は儚げでも、中身は結構強情で頑固らしい。言うなれば、顔だけ王子。 そして挙句、その絵が完成したあとも次は先輩の足が描きたいだの手が描きたいだのセクハラ紛いな懇願をされ(子犬のような顔をされては、断ることも出来まい)、その関係は今までずるずると続いている。 「なんで私なの」 もっとかわいい子あなたの周りに一杯いるでしょうと聞いても、さぁ、とか、そうですね、とか面倒くさそうにはぐらかされたものだが、放課後になると私のそばを犬のように着いてまわるのはずっと変わらなくて、何だかおかしかった。 1度だけ、私の少し前を行く彼が 「だって、夕日に照らされた先輩の顔が、綺麗だったから。」 と、ぽつりと漏らしたことがある。 え、と立ち止まると、彼は振り返ってにっと笑って 「冗談ですよ。先輩、地味だし。」 と、付け加えた。 一言余計なのが玉に瑕の、ちっとも可愛くない後輩。 「帰りますよ、先輩。」 口に含んだアイスクリームがシャリと音を立てて、喉の奥に消えていく。 口内に香る甘さに甘酸っぱさが混じっていることに、今はまだ、気が付かないふりをする。
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!!
やほ^ ^ ゆずだよ! 本題 めっちゃすごい!! 表現力が豊かです(^-^) またね
おおお…!
めっちゃすごいです!表現とかがキレイで、特に、 「吐息は、夕日に照らされたあたたかな空気に溶けていった。 」 「ピリ と封を破ると、人工的な甘さが香った。」 「薄い唇は、吐き出す息と共に音を紡ぐ。」 「口に含んだアイスクリームがシャリと音を立てて、喉の奥に消えていく。 」 「口内に香る甘さに甘酸っぱさが混じっていることに、今はまだ、気が付かないふりをする。」 っていう表現がとても好きです…! このお話の雰囲気とか、何回も言いますが表現とか… もう、とにかく好きです!w
すごい
私もこういう本書けるようになりたいです!作家、ゼッタイ向いてます!!!
甘酸っぱい!
すごくいいですね! ひとつひとつの表現も丁寧で深く伝わってきました! ...将来、小説家ですか?