手紙を出した人
Dear Tiyo いつまでもこれからも、君の隣に 言葉を失う。ううん?ええっと?どういうこと? 一瞬後、私は思う。これ、怪しい。書いた人の名前は書いてないし、筆跡から特定も出来ない。 私の思いを知らずに、綾音(あやね)が手紙を覗いて、 「これは俗に言うラブレター!」 「これはまた薔薇色な」 「ふうん。これはまた面白いね!」 文哉(ふみや)と知也(ともなり)がからかいの言葉を口にする。そして、綾音が私の手から手紙を抜き取り、三人で見せろ見せろと押し合いへし合い。 綾音が首を傾げた。 「なんで、打ち込んだのかな?ラブレターは普通なら直筆で書くもの。自らの手で筆を取り、想いを込めて一字一字綴るもの。ワープロで打ち込んだ無機質な文字だと伝わる想いも伝わらない!」 確かに。いやでも、いまどきワープロって。 「わざわざパソコンかなにかで打ち込んだってよほど正体を知られたくなかったんじゃないか?」 文哉が言う。文哉は成績優秀なのに、自分の高校生活は灰色でいいと言っている。でも、見た感じ、綾音のことが好きみたい。もちろん、恋愛的な意味でね。綾音も文哉のことが好きなのが言動の端々で窺える。 手紙は知也の手に渡っていた。じっと文面を見つめている。 知也はこの手紙をどう思っているんだろう。少しは嫉妬してくれたかな?焦ってくれたかな?知也はこんなことで嫉妬してくれるかな?まあ、書いた人が分かんないんじゃ嫉妬のしようもないか。透明人間に嫉妬してるようなものだもんね。 「千代のこと、好きなんだね、この人」 知也が少し嬉しそうに言った。 むむっ。私の謎のセンサーが反応した。 綾音が文哉に詰め寄った。 「これを書いた人、誰なのかな?文哉くん、分かる?」 「はあっ!?」 文哉が驚く。 「綾音、さすがにそれは無神経すぎる。送り主の思いも考えないと。こんなにやってるんだから相当正体を知られたくなかったんだろう」 知也も口を添えた。 「綾音さん、出したことがバレたら、この人だって恥ずかしいかったり、心外だ、迷惑だって思うんじゃない?だから、こうしてわざわざパソコンを使ってるんじゃない。しかも、名前を書いてない。それでも千代に手紙を出すなんて、よほど千代のことが好きなんじゃないの?」 知也の言葉が引っかかった。なんか、犯人の側の意見だ。言葉の端々に犯人の気持ちのようなものがうかがえる。わざわざ。名前を書いてない。普通なら、わざわざなんて言わないだろうし、名前が書かれてないと言うと思う。私の気のせいかな? 綾音がムッとした表情になる。 「犯人が分からなきゃ千代も返事が出せない」 文哉が私を見つめた。 「返事、出したい?犯人も知りたい?」 多分、文哉も犯人が分かってるんだろう。表情にその思いがのぞいている。 私も薄々、犯人が分かっている。だから、首を振った。 「ううん。綾音、ありがと」 綾音と文哉、二人は家の方向が同じ。私と知也は家の方向が同じ。二人組、別々で高校から帰る。 「あの手紙、知也でしょ?」 私に手紙を送ったのは私が好きな知也だった。 私の一歩先を歩いていた知也が振り返った。そして、笑った。 「よく分かったね。まあ、三人を騙せるか自信が無かったけど。言葉や雰囲気から分かった?」 「うん。ねえ、なんであんな手紙を出したの?もっと素直な手紙を出しても良かったのに」 一瞬の沈黙。知也が口を開いた。 「僕はなかなか人に好きって言えないんだ。だから、出した。初めは直筆で書こうと思ったし、名前も書こうとした。けど、千代はきっと教室では手紙を開かないし、トイレでも開かないだろうと思った。教室だとみんなの目が心配だし、トイレは生活じゃないし、便器に落とすかもしれないと思うだろうと考えたのさ。多分、千代は手紙を歴史研究会の部室で開く。その時に、僕の名前が書いてあったらどう思うかな?」 きっと、文哉と綾音は、 「僕に変な気を使うだろう。騒がないし、茶化しもしない。吹聴しないし、見下さない。けど、気を使う。僕は気遣われたくないし、手紙を出したことで三人との関係が変化するのが怖い。もしかしたら、千代にまで被害が及ぶかもしれない。それに……」 すごく小さな、かすれる程の声だったけど、私には確かに聞こえたら、 「僕は人を信じられない」 私は薄く笑った。知也も薄く笑った。 「ねえ。あの手紙に書いたことは事実?」 俯いて、少し恥ずかしそうに、知也は頷いた。 「うん」 私は知也の隣に行くと、知也の手を握った。温かい手だった。 知也が私を見つめた。私はかすかに笑った。 二人で歩き出した。