開かないドアの開け方
私はドアの前に佇んだ。今日は私が好きな作家のサイン会がある。そのサイン会に私はその作家のデビュー作を持って行く予定だ。だから、開かないドアも開ける必要がある。 ドアの向こう側には具合が悪く、起き上がれない弟がいる。弟にデビュー作を貸していたのだ。 サイン会まであと三時間。電車で会場まで行くから、タイムリミットは十時。サイン会は十二時に始まる。悲しいことに、四時からはバイオリンの稽古。つまり、遅くとも二時には電車に乗っていなければならない。 サイン会に持って行く本はデビュー作でなくても構わないが、私はできればデビュー作を持って行きたかった。あの本には、特別な思い入れがあるから。不登校気味だった私を助けてくれた本だから。 私は本やドラマ、映画などで得た知識を総動員した。 部屋からは寝息が聞こえてくる。弟は寝ている。ただでさえ具合が悪い弟を起こすわけにはいかない。 私は近くにあるピアノの上からヘアピンを取った。ヘアピンを鍵穴に差し込んだ。 小説で、主人公の泥棒一家がヘアピンでドアを開ける描写があった。そういえば、あの本はドラマ化されていた。警察一家の息子と泥棒一家の娘の恋愛を描いた小説。あのドラマ、録画し損ねていた。いつか、レンタルしよう。 ドラマで主人公が鍵を開けるシーンを見たことがある。記憶を頼りにあのシーンのように手を動かす。だが、いつまで経っても鍵は開かなかった。鍵が空く気配すらない。私はヘアピンをピアノの上に戻した。 他にと言われると私は何も浮かばない。 そもそも、あのドラマの主人公はセキュリティ会社で働く泥棒で、いわゆる鍵を開けるプロだった。しかも、あの時に使っていたものは専門の物。おまけにドラマ。演じていた役者だってそれっぽく見せるぐらいに動かしていたに違いない。リアリティくらいどうにでもなる。あのドラマの原作は人気作家の小説だけど、小説は映像で鍵を開けている描写が見られない。 どうしよう。私は頭を抱えた。 「焼き破りはダメだしなー。焼き破りはガラスにだけ有効だったはず。他に何かないかな」 いつもなら色々と解決策が浮かぶのに、今回だけは何も浮かばない。 体当たりでドアが開くはずないし、ドアが壊れてしまう。私はドアを壊したいのではなく、ドアを開けたいのだ。 ピッキングは出来ないし、必要な物を持っていない。 ため息をつきたくなる。 「打ち破りもこじ破りも出来ないし」 その時、中からずっと聞こえていた寝息がピタリと止んだ。物音がする。 私はドアをノックした。 「和也(かずなり)、ドア、開けてくれる?」 和也がドアを開けてくれた。 私はお礼を言って、事情を話してデビュー作を返してもらった。 開かないドアの開け方。ドアの向こう側に人がいる場合、その人に開けてもらう。