さよなら、僕の大切な人。
「ごきげんよう」これは、僕と君が初めて会った時の君の第一声。そして、君の最後の言葉でもある。 紫陽花は枯れ始めいきなり降り始めた雨に濡れた木々は、僕の頭に水滴を落とす。今日は不運な日だと思っていたのだが、その日僕は、君に会った。漆黒の髪は雨に濡れている訳でもないのにつやつや輝いていた。黒髪に映える白肌が綺麗だった。その日僕は初めて、「美しい」という感情を味わった。「ごきげんよう。」鈴の音のような可憐な声で君は言った。対して僕は「あっ…こんちわ…」としか言えなかった。本当にごめん。後悔してるよ。そして君は、僕に傘を差し出したね。その時僕は、相合い傘だ、なんて思ってた。僕、ちゃんとありがとうって言ったっけ。もう覚えてないんだ。 それから君は、僕を家に入れてくれたね。そして一緒に洋画を観たね。でもさ、なんでこんな惨めな男を家にいれたりしたんだい?今となっては聞くことができないけど。あの時僕は、心があったかい人がいることを知ったんだよ。 気がついたら二回目の梅雨が来たね。僕は雨が好きになってた。君と同じようにね。嬉しそうに傘を回す君を見てると、どんな嫌な事も忘れられたんだ。 季節はどんどん回って冬が来た。窓から積もっていく雪を見たね。僕の、君への思いもどんどん積もっていったんだよ。 それなのにさ。酷いじゃないか。僕を置いていって。 あぁ、君を責めるなんて最低な僕だ。 ごめんね、ありがとう。最後の最後なのにこんな言葉しか出てこないんだ。 ありがとう。叫びたい気分なのに僕は呟いた。 そして君が眠る棺を見送った。 さよなら、僕の大切な人。