短編小説みんなの答え:1

あの日(原爆の日を短編小説にしてみた)

あの日、見た空は……真っ赤に染まっていなかったら……どんな事があったのだろうか。私は徹子(てつこ)。1945年の夏、私はまだ4歳だった。 そして、日本が戦争してから毎日は空襲を受けていた。 母「徹子!!行くで!!」母が私をおんぶをして走って最も安全な場所へと逃げた。食料がある場所に。空から爆弾が次々に降って、母は死ぬ気で走る。私「お母ちゃん!!」私は叫んだ。だけど、目の前に突然出てくる炎が怖くて怖くて仕方がなかった。~あそこに落ちた~ 私と母さんは、防空壕で涙を流していた。こんな馬鹿な戦争に連れてかれた父が亡くなってしまったから。私「お母ちゃん。大丈夫やで。お父ちゃんがいなくなっても……お父ちゃんの分まで生きていける。」 母は泣きながらこう言う。母「徹子……。こんな嫌な時代はな、もうすぐ終わるで……。」その瞬間、遠い遠い所から世界中の雷が集まった大音量がした。私「お母ちゃーん!!」母は私をぎゅっとぎゅっと抱きしめる。それで、防空壕を出て外を見たらいつもの空襲とは超えていた。 これでは、家は壊れているだろう。昭和20年の8月6日に起きた事、これは原爆という。6日は広島に落ちた。9日は長崎に落ちた。 ~私はまだ生きている~2020年、私は78歳。今日は原爆の日であり、 この日だけは号泣をしている。実家に住んでいる今頃において、母と父の仏壇の前に座ってお祈りをしている。私「お母ちゃん…お父ちゃん… 生きていてくれてありがとう。」涙を流す。~作者からのメッセージ~ こんにちは。れいなです。原爆の日を、短編小説にしてみました。 読んでみて、どうでしたか?この世界から、「戦争」という字がなくなるまでに。それでは、みなさんの感想をお待ちしております。

みんなの答え

辛口の答え

※きびしいコメントを見たくない人は
「見ない」をおすと表示されなくなるよ!

悲しいお話ですね

こんにちは! この前12歳になった、 なっちです! 悲しいお話ですね、、、 こんな戦争は二度と繰り返したくない! そんな思いが伝わってきた気がします ぜひ、これからも書いてください!


11を表示

他の相談も見る

ランキングページへ

相談に答える

相談の答えを書くときのルール

【「相談する」「相談に答える(回答する)」ときのルール】をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
ニックネーム必須

※3〜20文字で入力してね

※フルネーム(名字・名前の両方)が書かれた投稿は紹介できません


せいべつ必須

ねんれい必須
さい

※投稿できるのは5〜19さいです


都道府県必須

アイコン必須

答えのタイトル必須

※30文字以内


じこしょうかい

※140文字以内

※自分の本当の名前、住所などの個人情報(こじんじょうほう)は書かないでね


ないよう必須

※500文字以内


辛口

※ないようがきびしいコメントの場合はチェックをつけてね!


ひみつのあいことばを設定してね

他の人にわからないように、自分しか知らないしつもんと答えを入力してね。

※ひみつのあいことばは忘れないようにしてください

※自分が選んだしつもんや答えが他の人に見えることはありません

ひみつのあいことば①必須

※使える文字: ひらがな・カタカナ・半角英数字

※半角カタカナ、全角英数字が使えないよ

※2〜20文字で入力してね

ひみつのあいことば②必須

※使える文字: ひらがな・カタカナ・半角英数字

※半角カタカナ、全角英数字が使えないよ

※2〜20文字で入力してね

※みんなで使うスマホ・パソコンではチェックしないでね

※毎日キズなんに来ていると、ずっと自動で入力されるよ。くわしくはコチラ