戻れない電車
ありがちな車内アナウンスと蝉の声で目を覚ました。ズキズキと痛む頭を押さえ、辺りを見渡す。 ここはどこだ? 見覚えのない電車の中、私は一人まだ存分にまわらない思考を必死に動かしたが、心当たりは依然としてない。 寝ぼけ眼で見据えた先には、コミュニケーションが苦手な私の唯一の友達、奈津がいた。 彼女は勉強も運動も中の下、そのため卑劣なイジメの対象になっていた。しかし彼女は、踏まれても蹴られても、散々嘲られてもずっとニコニコしていた。出会ってから今までどんな時もその笑顔を絶やすことはなかった。最初の頃こそそんな彼女を不気味だと思っていたが、一緒にいるにつれて彼女の人のよさ、コミュニケーション力のおかげで私たちはどんどんと仲を深めたのだった。互いの名前が「奈津(なつ)」と「柚紀(ゆき)」なこともあり、私たちは春夏秋冬いつでも一緒だった。そんな彼女が目の前に座っている。私が安堵感で近寄ろうとしたとき、彼女の目も私を捉えたのだろう。今まで表情一つ変えなかった彼女が目を見開き、こちらへ駆け寄ってきた。 奈津「柚紀、こんなところで何してるの!」彼女の声はほぼ怒声に近いような怒気をはらんでいた。 私がいつも見ている彼女ではないような威圧感に体はビリビリと震えた。彼女も私が驚いていることに気付いたのだろう、途端ハッとした表情になりまたいつもの笑顔になった。 私「奈津、ここはどこ?もう帰ろう。」 そういって不安げに呟いた私に彼女は諭すような表情で言った。 奈津「…今からすぐ、あそこのドアを開けて車外へ飛び出して。大丈夫、外は茂みだから絶対に怪我しない。」 彼女の言う通り、窓の外には目を見張るようなほど美しい向日葵が咲き誇る茂みだった。 私「じゃ、じゃあ一緒に行こう…」 奈津「それはできない。」 私の言葉を途中で遮りぴしゃりと告げた。 また不安げな顔になった私に奈津はゆっくりと語った。 奈津「あり得ない話に聞こえるだろうけど聞いてね。回ってきた車掌さんに聞いたんだけどこれはね、死の電車なの。本来なら死人が天国に行くときに使われる電車。でも、思いが強い人がいると一緒につれてきちゃうことがあるみたい…ごめんね、巻き込んじゃって。」 いつもの優しい笑顔はどこか儚さを帯びていた。 私「…それじゃあ奈津は」 奈津「うん、私は弱いからイジメに耐えきれなくてね、家のマンションから飛び降りちゃった。」 息を飲んだ私にまた奈津はまくし立てた。 奈津「わかったら早くあそこから出て!そろそろ終点についてしまう…」 私「でも…」 奈津「私はずーっと柚紀のことを忘れない。私の唯一の親友だよ。大丈夫。柚紀なら大丈夫。」 奈津の頬を一つの雫が濡らした。 その瞬間、背後のドアが大きく開いた。熱気をまとった夏の風が頬を撫でる。 奈津「ほら、早く!」 叫ぶ奈津に独り言ともとれる声量で言った。 私「……ありがとう。」 その言葉とともに電車を飛び出した。飛び出す刹那、振り返ってみるとそこにもう電車はなかった。 そのまま向日葵畑へ転がり込む。頬を伝う涙はやまなかった。 じりじりと私を照りつける空を見つめてみた。その空は彼女の笑顔と同じくらい澄み切っていた。