【短編小説】黄泉の禁忌
目覚めると、そこは見知らぬ場所だった。 俺はとっさに、鼻をつまんだ。なんだ、この臭いは。たまらぬ異臭に、吐き気すら感じ始める。 地面に虫が這っているのに気づき、慌てて立ち上がる。手についた虫たちを払いながら、辺りを見渡した。 汚れたこの場所は、一体どこなのだろう。 とにかく、一刻も早く抜け出そう。 しかし、どうしたものか……。 「あら?誰か、いらっしゃるの?」 どこか遠くから、声がする。声がした方をよく見ると、そこには人影が立っていた。 「道に迷ったのでしょう?ここは、危ないところですので、安全な場所へ案内しますわ」 さぁ、こちらへ。 なんだ、親切そうな人だ。口調や声からして、女性だろう。 俺は、手招きをする人影へ向かって、足を進めた。 人影のもとへ着くと、目の前には着物を着た一人の女性が立っていた。彼女は淑やかに微笑むと、俺と歩きだした。 ようやく着いた安全な場所を見て、俺は驚きを隠せなかった。 「え、ここって……」 「わたくしのお座敷ですわ」 初めて女性の家に入ったもので、俺は完全に緊張してしまっていた。 のれんを囲んで、俺と彼女は座布団に座った。 今までいた外に比べ、虫もいなく、ボロついた様子もない安全な座敷に、ほっと胸を撫で下ろす。 「今日は災難でしたわね」 お椀に味噌汁と白米をよそいながら、彼女は言う。 「あの、ここは一体どこなのでしょうか」 俺の前に味噌汁と白米を並べると、彼女は神妙な面持ちで、語りだした。 「実は、ここは黄泉の国なのです」 黄泉の国、という言葉に、俺は言葉を失う。自分があの世に来たなんて、そんな馬鹿なことがあるのだろうか。 「前にもこのように、人間が迷い込んでくるのですが、その度に此岸……この世に、送り返しておりますの」 ……嘘をついているようには、思えないな。目覚めたときから、異界のような雰囲気を感じていたが、まさか本当だったとは……。 「安心してくださいませ。この奥の、泉津平坂(ヨモヅヒラサカ)という坂を通れば、此岸に戻れますので、外が安全になるまで、ここでゆっくりしてくださって」 彼女は、淑やかに微笑みながらそう言う。端正な顔立ちの、とても綺麗な女性だが、何故このような女性が、こんな汚れた世界にいるのだろう……ここはあの世だから、彼女も死んでいるということになるのだろうか。 「あなたは、何故ここにいるのでしょうか」 俺の質問に彼女は、はっとしたような表情をすると、すぐに顔を伏せ、ゆっくりと話し出した。 「実は、わたくし……許嫁がおりまして、その方がある日、突然行方不明になられて……。後日、その方はご遺体で見つかりました。周りからはわたくしが殺したのだと無実の罪を着せられ、耐えられなくなったわたくしは……」 井戸に、身を投げてしまいましたの。 彼女の言葉に、俺は焦る。 「す、すみません。軽々と訊いてしまって……」 まさか、彼女の最後がそんな悲しいものだったとは……。知らずに訊いてしまった自分を悔やむ。 「いいえ。それより、どうぞ召し上がってください。粗末な食べ物しか出せれませんが……」 「はい、いただきます」 おもむろに箸を掴むと、白米を口に運ぶ。味噌汁も美味く、無意識に箸が進んだ。 「そうそう、黄泉の国のルールというものを、知っていらっしゃいますの?」 「?いいえ。一体、どんなルールが?」 彼女は、途端に端正な顔を歪ませる。その顔に驚くよりも先に、俺は激しいめまいを感じた。 視界が歪んでいき、意識が遠のいていく中で目にしたのは、美しい女性でも、綺麗な座敷でも、上手い食事でもなかった。 歪んだ笑みを浮かべる彼女、虫が這い、ボロボロになった座敷、カビが生え、腐った食事。 なんだ、これは。俺は、幻覚でも見ているのか……。混乱する中で、目の前の彼女は、口を開く。 「黄泉の国のルール、生者は黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)を行ってはいけない。つまり、黄泉で作られた食事を口にしてはいけない」 口にすると、一体どうなるんだ?まさか……。 「黄泉の国へようこそ」 その瞬間、俺は意識を失った。 【あとがき】 作者のララ子です。 ちょっとしたお話ですが、あの女性の会話には、少し嘘が紛れています。そのあたりは、読者様のご解釈と想像に、お任せします。 生者の皆さん、黄泉の国へ行く際は、くれぐれも飲食にご注意を。 ご感想、アドバイスなどよろしくお願い致します。
みんなの答え
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おお…!
こんにちは!雪見大福です え…すご…! 確かですが、許嫁って男性から側…あ、説明無理だ。 私、こうゆう彼岸系の話好きなんで面白かったです!!! それでは!