『抽象と自分』
本を読むのが好きだ。特に小説が好きだ。 小説はいいものだ。この生来意味を持たない文字という記号が、自分の脳に全く別の場所、全く別の人の心までも伝えてくれる。 書くのも好きだ。 しかし、自分の場合はあまり、人に伝えるつもりで書かない。 むしろ、自分が自分の脳の中に新しく世界を作り、場所や心を覗きに行く、そんなもののように思える。 これは、自分の中でフィクションと定義づけられているものだ。 フィクションの記録は、抽象の具現化である。 無から有を生み出す作業とは、よく言ったものだ。 しかし、完全な無ではないから、やはりよく言ってないものだ。 抽象を生み出すのは、空気と自分の手だ。 例えば、空気を手のひらでなぞり、球体を創り出す。パントマイムのイメージだ。 正面に立つ他人には、何が何だかわからないだろう。 しかし自分には、くっきりと手のひらサイズの球体が見えている。 これが抽象だ。そしてこれを、「球体」という文字で紙に書く。色を入れてもいい。赤い風船、青いボール、地球、電球、太陽…。 これがフィクションの記録で、抽象の具現化だ。 そしてこれは、自分である。 ここまで話したところで、 「何言ってるの?」 と言われてしまった。 仕方がないことだ。 これは、僕にしか見えない抽象であるから。
みんなの答え
辛口の答え
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あっっすきっっ
ちょっとズレてる人の一人称大好物です…! 主人公が考えていることが綺麗に読み取れてすごい!
本好きだから分かる~!
14歳!私より先輩だ!私も読むのも書くのも好きです!この短編小説に出てくる女の子の気持ちが分かる気がします!私もこのニックネームで短編小説書いてるのでぜひ見に来てくださいね!
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