理不尽なる運命
鈴木まりな、5歳。先月再入院、一度完治したと思われるがんが再発。 がん細胞は、身体全体に広がり、余命、後二週間。 終末医療に切り替える。3階担当に打ち合わせ済み。 パソコンに文字を打ち終え、息を吐く。 まりな、私の担当患者。がんに侵され、もう死を見守るしかない状況。 彼女のぷっくらした餅みたいなほっぺも、どんどんやせ細っていく。キャンデーをせがみに病室へ来る彼女の小さな足音も聞かなくなってきた。 来年はランドセルを買ってもらうと楽しげに話していた彼女はとても痛々しく感じる。夏の終わり、ヒグラシがなきわめくこの季節すら彼女はこえられないというのだ。 どうしたら、いやどうしようもない。 俺の母は乳癌であっけなく死んだ。それからだ、医者を目指すようになったのは。 たくさん勉強して、たくさん人を救うんだ、そう思っていたのに。そう信じていたのに。 現実は非情だ。この子は何もしていないのに、何故辛い治療に、病魔に耐えなくてはいけないのか。 彼女の両親らも見ていて痛々しい。5歳、まだまだ可愛い年頃だ。しかもまりなは最愛の一人っ子。母親は病室で寝泊まりしているが、ときどき辛そうに待合室で嗚咽をこぼしているところを見る。 父親もいつになったらおうちにかえれるの?、と言われ、苦しそうに顔を歪めている。正直言って、見ているこっちも辛い。 頭を抱える、夜勤は嫌いだ。こうやっていろいろ考えてしまう。 あぁ、少し横になろう。そう思って席を立とうとしたとき。 ポケットのphsが鳴った。まりなのいる3階からだ。置いた眼鏡をひったくて廊下へ駆け出す。冷たい明かりが薄気味悪い廊下をほのかに照らしている。 3階へ行くと、看護師らがいた。話を聞くとまりなの容態が悪いらしい。 急いで病室へ行き、まりなを見る。まりなの頬はりんごのように赤く染まり、小さな息がハッハと微かに聞こえる。 まずい、恐れていた事態だ。.....もう長く持たないだろう。持って、半日か。無意識にいつまで持つか考える自分が憎らしい。 すぐに状況を伝え、まりなの親に来てもらうよう頼んだ。 まりなは微かに意識があるようで、熱い熱いと繰り返していた。まりなの額を撫でると薄目を開け、私を見つめた。 せんせ?、か細い声が聞こえる。 できる限り優しく、なんだい?と答える。 「夢で、ね、お姫様、に、遊ぼ?って、言われた、の。」 目を嬉しそうに細めながら続ける。 「かわいくて、たのし、そなんだ。」 そうだね、と繰り返し、小さな頭を宝物を抱えるように抱きしめる。小さいけれどとても温かく、この熱が冷めてしまうなんて信じられなかった。 親が病室に来たので、状況を説明すると夫婦ともども崩れ落ちた。 後、少しです。と告げると彼らに三人だけでいてもいいですかと聞かれたのでどうぞと言った。 多分、これが最期の対面だ。まりなの隣に行き、手を握り、「これが終わったら、お姫様、先生にも紹介してね。」と言った。意識が混沌としているため返事はないが、微かに強く握られた気がした。 じゃあまた後でと残し、部屋を出た頃には涙を押さえられなかった。患者に同情するなんて医者失格だ、と笑うがすぐに嗚咽が漏れる。 数時間し廊下で待ってた私にまりなの両親が来た。死亡確認をし、手続きを終え、また宿直室に戻ったのは日が昇るくらいのこと。 悲しいやら疲労やらがどっと押し寄せてきてどれから処理したらいいかわからない。 死亡確認をするために触れた顔の冷たさが指からどうしても離れなかった。気味悪い温度だが、なぜか今はこの温度を失いたくなかった。 医者は辛い職業だ。無条件な死に立ち会わなくてはいけない。様々な矛盾に出会わなければいけない。単純ではないのだ。 それでも立ち向かってあらがっていかないといけない。 死を間近にしてる人はまだまだいる。戦わなければいけないのだ。 彼女があっちの世界で楽しくくらせますように。 願うのはただ、それだけ。
みんなの答え
※きびしいコメントを見たくない人は
「見ない」をおすと表示されなくなるよ!
すごいです!くわしいっ
病院のこととか詳しいですね! 途中で涙が………… っ 「部屋を出た頃には涙を押さえられなかった。」ってとこです! まだまだ戦わないといけないって名言だわもう 私こういう涙が出る小説とかかけないので尊敬します!