パイをπに
「妹たちよ。兄にホワイトデーのお返しを教えるのだ」 中学三年生の喜代(きよ)と桜花(おうか)は本を閉じて面倒臭そうに俺を見上げた。 俺たちの両親は一言で言って軍事オタクである。俺の名前は戦艦の大和に由来しているし、桜花とは悲しいことに特攻隊の兵器の名前である。暴走した軍の狂気の結晶。 一応、俺の名前には精神的に強い男になりますようにという意味があるし、両親は逆の意味で、平和を願う、優しさに溢れた女性になりますようにという意味で次女に桜花と名付けたらしい。 喜代に関しては兵器関係無く、清い心を持った女性に育ちますようにと名付けられたらしい。 気が強く育った桜花が俺に聞いた。 「何?兄ちゃん。バレンタインでチョコ、もらったの?」 優しく、温厚篤実に育った喜代が 「適当に買ったら?チョコレート会社以外の企業の反撃の日だから、マシュマロや、キャンディー、クッキー辺りでいいじゃん」 普段、我が家の中で一番まともで優しい喜代が面倒臭そうに言う。 まあ、それも仕方ない。 中三になってまで高校二年生の不甲斐ない兄のお返しの相談なんか聞きたくもないだろう。 「ホワイトデーに喜代たちは何を貰った?」 桜花が、好きなアイドルグループの特集が組まれている雑誌を開いた。 「クッキー」 喜代が俺を気の毒そうに見ながら 「飴」 「全部、買ったやつ?」 「買ったやつ。兄ちゃん、その雑誌、見てみなよ。お返しには意味が込められてるの」 驚いた喜代に桜花が雑誌を渡す。喜代がページをパラパラとめくり出した。 桜花が続ける。 「もし、その子がジンクスとか占いとかに詳しいならマシュマロとかグミとかは送らない方がいいよ。兄ちゃん」 「お兄ちゃん、頭悪いからその子が頭が良かったら受験の時、勉強教えてもらえなくなっちゃう」 「ところで、兄ちゃんさ、その子のこと、好きなのかな?」 「さあ、どうだろうね」 「でも、推薦かAOで行くのかな?」 「そもそも、進学するのかな?専門学校に行くのかもしれないし」 「喜代は?私立だから高校受験は無いけど、大学は受けるかもしれないじゃわ」 「大学の方が良いかな」 キャハキャハと楽しそうに一卵性の双子は笑った。 他人事だと思ってやがる。 確かに、他人事だが。 俺は喜代から雑誌を受け取ると、座って読み始めた。 「亜美(あみ)は俺のこと、好きなのかな?」 双子の話がピタッと止まった。 「え……?」 「兄ちゃん……?」 そんなに驚愕しなくても。 鳩が豆鉄砲を食ったようとはこういう顔のことを言うんではなかろうか。 「朴念仁のお兄ちゃんが恋をしてる!」 「天変地異の前触れ!」 キャーっとたちまち騒ぎ出す妹たちよ。 俺はそんなに朴念仁だろうか? 「パイにする」 俺は雑誌を閉じて、立ち上がった。 「兄ちゃん。何でパイなの?」 分からないのか?桜花。 「三月十四日だからパイを食べようねという意味さ。円周率は3.14でしょ?πは円周率を表すだろ。桜花。君は理系だろ?」 「いやいや。そんなすぐに分からないよ。亜美さんっていう人は理系なの?」 「さあな。でも、もし、俺のことが好きなら申し訳ない。俺は亜美のことが恋愛的な意味では好きじゃないんだ」 翌日、俺は校舎裏で亜美にパイを渡した。 「大和(やまと)。義理だから。ありがとう。お返しをくれた。面白いじゃん。パイをπにかけてくれて」 そう言うと、亜美はパイが入った袋を右手に下げて踵を返した。