指輪。
「P87開け~。」 6時間目。国語担当の清水先生が、ゆったりとした口調で生徒に言う。 …ううん、清水先生は、''言う''っていうより ''語りかける''って感じかな。 喉にオルゴールでもついてんのか、ってぐらい落ち着く声で、淡々とした口調。 このなめらかな声が、私は大好きだ。 「ね、ね、期末テストどうだった?」 がやがやとざわめく教室。 そのざわめきにかき消されぬよう、友達が必死に声をあげている。 「赤点いっこあったぁぁぁ…」 「えっ、マジ?どれ?」 「国語…」 「うっわマジか!国語って放課後に補習あるんじゃないの?」 「え、うそ。」 「マジマジ。赤点の人は補習ってせんせー言ってたよ!」 「マジかぁぁ…」 …知ってたけど。 私が、清水先生の言ったこと聞き漏らすわけないじゃん。 清水先生と補習。そんなおいしいイベント、逃すわけにはいかないよね。 「柳川、席に着けー。」 いつも通りの、安定したなめらかな声。 この声が、今は私だけのために語りかけてくれてるなんて。 「どこが分からないんだ?」 「…全部。」 「全部?」 「テスト範囲、全部教えてください。」 「はい、分からんかったとこ復習するから、解答用紙だせ。」 …清水先生って、冗談通じないんだよね。 冗談っぽく言っても、サラッとかわされてしまう。 清水先生と長くいたいよ、っていうさりげないアタックなのに。 そこが難関でもあるけど、そーいうとこも 好きだ。 誰もいない教室。 外から、野球部の威勢のいい声が聞こえる。 …チャンス、かも。 「…先生、」 私が呼ぶと、先生がふいっと顔をあげる。 凛とした、静かに光るような瞳。 「私、多分ね」 無意識に、シャーペンをカチカチと鳴らす。 シャー芯がじょじょに出てくるのが分かり、 紙の上にシャーペンを立てる。 「どうした?」 先生の目に見つめられて、心臓がドクンッと 跳ね上がる。 …あぁ、ヤバイ、やっぱ無理かも。 これ以上先生の目を見てられなくて、 ふいっとうつむく。 「…え」 先生の、左手。 うつむくとちょうど見える、解答用紙にそえた左手。 薬指に、キラキラと光る指輪がある。 …左手の、薬指。 ここにつける指輪って、なんだっけ。 「先生、その指輪…」 「ああ、」 先生が、私と同じようにうつむく。 「結婚指輪。」 …結婚、指輪。 その言葉が、ナイフのようになって私の胸を突き刺していく。 何度も、何度も。 「結婚、してたんですか…」 「うん。」 …うん、か。 立てていたシャー心がボキッと折れる。 それはまるで、私の心のようで。 …あれ、こう言われた時、普通ならなんて言うんだっけ。 ''おめでとう''? やだな、言いたくないよ。 …言いたくない、けど。 「おめでとうございます。」 結婚はおめでたいこと。 先生だって、愛する人と結ばれて幸せだろう。 その幸せを祝福できないのは、違うよな。 …ってさ。 綺麗ごとばっか並べて。 内心、そんなこと1ミリも思ってないくせに。 嫌だよ。 結婚してほしくなかったよ。 なんで結婚なんかしてるんだよ。 ズタズタに切り裂かれていく胸。 もう、我慢の限界だった。 「…お腹痛いので、トイレ行ってきます」 そう言い、先生に背を向けた。 1秒でも早く、先生から逃げたかった。 1秒でも早く、あの教室から出たかった。 …もう、1秒でも先生の顔を見たくない。 事実を、受け止めたくない。 先生に愛する人がいること。 私に見向きもしてくれないこと。 …先生を、これから想ってはいけないということ。 苦しい。 苦しいよ。 …先生のことなんか、好きにならなきゃよかったな。
みんなの答え
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わぉ…。
『語彙力あるなぁこの話』って思っていたら、クルミさんだった…!繰り返して言葉いうところ好きです。尊敬します!次回も楽しみに待ってます!
すご!
表現がうまい! 特に、シャ一ぺンの所! 尊敬する。
いいね!
お笑いが大好きなしずかです! この「叶わない恋」っていう感じがいいですね~! 先生のことが本当に好きって伝わってきました!! また読みたいです☆