空と海の向こう
私の父は化学者です。 私はITエンジニアだったので、仕事上、父とは直接的に関わることはありません。 私は実家暮らしなので、父から仕事のことはたまに聞きます。父に私の相談に乗ってもらうこともあります。珍しいことに、父が私に相談をしてきたのです。 「死なない薬を作るんだそうだ。俺はその薬の成分を開発する。不死の薬を作るっていうのが政府のおかしな方針なんだよな」 「死なない薬?誰が飲んでも死なない薬ってことですか?飲んだら不死身になる薬のことですか?」 「ああ」 さあ全国のSF作家たち。ここに集ってください。 大人がSFの世界に出てくるような薬を作ろうとしていますよ。 「それはあまりにありえません!現実的ではありません!論理的ではありません!カタストロフです!」 私は自分が身を乗り出しているのに気づいて、椅子に座りなおしました。 カタストロフなんて言葉どこで覚えたんだ……と父が呟くのを無視して、私は父に聞きました。 「本当に、そうなんですか?」 「本当だ。SF映画見たいだろう?」 父は映画を思い浮かべるんですね。私は小説を思い浮かべました。 「カタストロフなんて言葉どこで覚えたんだよ」 「小説です」 「清子(さやこ)は読書家だからな。納得だ」 三年後。 不死の薬は完成しました。 「清子。わたし、不死の薬の試験者になることになったの」 昼食の時間、同僚の礼香(れいか)さんがお弁当を開きながら私に言いました。 「それは、大変ですね」 言いながら、私は礼香さんのお弁当を盗み見しました。 玉子焼きや、ソーセージなど色々なものが入っていて、とても美味しそうです。 礼香さんは割り箸を割りましたが、食べる気にはならないようです。 「今日、お弁当を食べ終えたら早退して研究所に行くの。不死の薬を飲んだら、ロボットが私の指を一本、切るんだって。麻酔をつけて行うから、痛みは感じないみたい。それから丸一日、観察するの。死んでなかったら不死の薬の効果を解除する薬を投与して終了。明日のうちに私が終わらせておくべき業務は課長がやってくれるみたい」 父はあくまで、薬に含まれる成分を開発しただけです。 指を一本、切るだけなら死ぬ確率はそれほど高くないでしょう。 ですが、時間が、父が、ひどくむごいことをしているように思えます。 「頑張ってください。応援してますから」 私に語彙力があればもっと何か、言えたかもしれません。あるいは、私の父が不死の薬に関わっていなければ、試験があのような内容でなければ、このような気持ちにならずに済んだのかもしれません。 ですが、私は周りの人をあっと言わせるほど概略があるわけではなく、不死の薬に父が関わっていて、試験のないようはとてもむごいです。複雑な気分になった私にはこんなありきたりな言葉しか言えませんでした。 不死の薬の試験で、礼香さんは死にかけました。当然のことながら、不死の薬は国民全体に使用されることはありませんでした。政府は批判の対象になり、父曰くおかしな方針を掲げることを政府はやめました。 海は永遠です。空もおそらく永遠でしょう。永遠ではないのは、生物です。 生まれて死ぬ。それで良いのではないでしょうか。 もし不死身なら、絶望を何度も味わい、残酷な人生を歩むのではないでしょうか。 なぜなら、死なないのですから。大切なものが壊れ、愛すべき人、ペットが死に、挫折を味わう。不死身なら、死のうにも死ねません。それはとても残酷で、残忍で、耐えられないことではないでしょうか。 もし、空の向こうに永遠があり、海の向こうにも永遠があるのなら、それを生き物は取ってはいけないでしょう。 着信音が部屋に鳴り響きました。 画面を見ると、知り合いのエンジニアの名前が画面にありました。
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上手っ…
途中で文庫本を読んでいるのかと勘違いする程上手です…! 『空と海の向こう』という題名と最後の部分が合っていて凄いと思います。 最初から話が面白そうで読みたくなりました。 ハヤシライスさんの小説、また読みたいです!