思い出のみかん農園
私は8ヶ月前に東京に上京して佐紀子(さきこ)食品会社に務めている。この仕事をしてやりがいを感じたことはあまりない。でも、安定した収入はあるし、東京に住んでいるのだから嫌ではない。 愛媛の実家からの贈り物も届く・・・何1つ不便なことはないのだ、しかし東京は物価が高い!高すぎる・・・ だからこそ仕事は大切なのだ。 私が東京に上京して一年がたった頃、愛媛の実家から手紙が届いた。 佐紀子へ おじいちゃんが病気になりました。 一度帰ってきてください。 短い文だった。 私はおじいちゃんが心配になり仕事を休み実家に帰ることにした。 よく考えれば、うちは愛媛のみかん農園の中でも、有名なみかん農園だった。 お父さんは、ビジネスマンでみかん農園なんて継ぐ気すらなかった。 おじいちゃんの代で終わってしまうなんて・・そう思ったが、私は東京に上京して安定した仕事に就いた。 私はバスに乗りながらおじいちゃんが作って送ってくれたみかんを食べた、みかんを食べると昔のことを思い出した。小さいときおじいちゃんは私に教えてくれた。「みかんはその人の感情が出るものなんだ・・」っと。おじいちゃんが作ったみかんはいつも優しい味がする・・・この味はおじいちゃんの心を描いたものだった。 何時間経っただろうか。私はやっと愛媛にたどり着いた。私は寄り道もせずすぐにおじいちゃんが入院している病院へと向かった。 病室には、母とおじいちゃんだけだった。おばあちゃんは2年前に亡くなった。おじいちゃんはみかん農園をもう続けられないかもしれない。 「おじいちゃん・・・」 「佐紀子。おかえりぃ~みかん農園もうできないなぁ~」 おじいちゃんは力を振り絞って私に話してくれた。 その言葉を聞いて私の何が動いたのかはわからないでも・・・ 「おじいちゃん!私がおじいちゃんのみかん農園継ぐ!」 とっさに出た言葉だった。 母とおじいちゃんはびっくりした顔をしていた。 でも、嬉しそうだった 「なら安心だね。」 そう言うとおじいちゃんは目覚めなくなった・・・ 次の日からみかんを育てるようになった。自分が作ったみかんを食べてみると、優しい思いもなんにもなかった・・・ おじいちゃんの大変さがわかった気がする。食べる人への思いや、みかんにかける愛情が違うからだ。私はそう思って、おじいちゃんが残してくた最後のみかんを食べた。 いつもみたいに優しいおじいちゃんらしいみかんだった・・・ その瞬間涙がこみ上げてきた。 「おじいちゃん。ごめんね・・」 私はおじいちゃんのみかん農園をどうして早く継がなかったのか今になって後悔した。 私は次の日から心を込めてみかんを育てるようにした。 すると優しくて、ちょっと甘酸っぱい味がした。 これだ!! これが私が求めていた味・・・! 私のみかんは評判がよくなって、いっぱい売れた。 私は東京にいた頃よりも収入は減った。 でも後悔なんてしていない。 おじいちゃんが愛し、たくさんの思い出がつまった農園を守れたのだから・・・・ これからは、私がこの農園を守り続ける。
みんなの答え
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めっちゃ良いお話...
すごく良いお話でした! おじいちゃんの気持ちを佐紀子が受け取り受け継ぐところにすごくジーンとしました!私はいま、将来なりたいものが無くて悩んでいましたがこのお話を読んで自分のしたいことをしようと思いました! みかんはその人の感情を表す...その言葉を読んで人がその物に対する思いとかそういうものの重要さに気づきました! 良いお話を書いてくださりありがとうございました(*´ω`*)