近未来
高比良雪香(たかひら ゆきか)は土の上を歩いていた。 女の叫び声が辺りにこだました。 どこまでも退廃的なこの世界。 戦争と災害で草に建物が覆われ、瓦礫が辺りを包み込むようになった。 戦争に行く父からもらった腕時計。今際の際に母が雪香に授けたペンダント、病気に侵された弟から譲り受けたアンクレット。 雪香はその全てを身につけて土の上を歩いていた。 飛行機も、数年前までは空陸両用車も上空には無い。憎々しいまでの晴天が上にはあった。 「こんな世界、無くなっちゃえばいい」 暫く歩いていると、木造の小屋があった。 木造の建物は度々見かけるが、小さな建物は珍しい。好奇心で近寄ってみると、中からは楽しげな声がした。 扉を開けてみると、そこは定食屋らしかった。 五十代くらいの女と、その夫とみられる男が店主らしい。 二十代らしき男女など様々な年齢層の客がいた。 「お嬢ちゃん、おいで」 店主の妻が雪香に声をかけた。 名札には美希子(みきこ)と書かれていた。 美希子は雪香を部屋の一番端の席に座らせ、タブレット端末を渡した。 「電気系統は切れていないんだ……」 驚きのあまり雪香は声を漏らした。てっきり、電気の回線などは全てダメになっていると思い込んでいた。 「飲食店は別なんだよ。飲食店は必要なものだからね。飲食店にガスや電気は必須だから国の厚意で電気とガスは使えるんだよ」 「そうなんですか」 「さ、注文を」 タブレットの画面を見る。 家族から幾ばくかのお金はもらった。 雪香は一番美味しそうな定食を注文した。 すぐに定食は運ばれてきた。 茶碗と碗からは湯気が昇り、鮭は赤く染まり、所々に焼き目ができていた。 雪香は箸を右手に持つと、すぐに定食を食べ始めた。 暖かい空間の、暖かい料理。それは涙が出るほど美味しく、雪香に家族の味をありありと思い出させた。 家族は全員死んでしまった。 父は戦争で爆風に巻き込まれて、母は倒壊するためものから雪香を庇って、弟は不衛生な空間が持病を刺激して。 腕時計も、ペンダントも、アンクレットも全てこの世にいない家族からの形見だ。 涙は出てこなかった。 お金を払い、美希子にお礼を言って、定食屋を出た。 母の死に様が頭の中を延々とループする。 幸せそうな笑顔だった。まるで天使が母を囲み、迎えにきているかのような、至福に満ちた、実に幸せそうな笑みだった。 雪香の代わりに瓦礫に当たった母を見て、逃げちゃダメだ逃げちゃダメだと自分に言い聞かせていた雪香とは違った。 母の最期の言葉は 「雪香、お母さんはもう疲れたよ。だから、先に逝くね。雪香、生きてね」 父の最期の言葉は知らない。じきに国から最期の言葉などをまとめたメールと、メールと同様のことが書いてある書類が送られてくるだろう。だが、雪香は断言できる。父は母とは違い、きっと生きたがっていた。最期に一目、家族の笑顔を見たかっただろう。最期に雪香を見ることができた母とは違うのだから。 弟は陶器のように真っ白になりながら、 「姉ちゃん、またな」 とそれだけ言って、死んだ。 雪香は奥歯を噛み締めた。 空を睨みつけた。 腕時計を右手で覆い、ネックレスを左手でて握り締め、アンクレットを見つめた。 そして、叫んだ。