卑屈な姉
七月二十一日。初夏の日差しが狭い窓から入ってくる、冷房の効いた市立図書館。学生にとっては真珠よりも貴重な、この夏休みの時期にわざわざこんなところまできた理由は、特にあるわけでもないが、家にいてもただ一秒一秒を無駄にしていく感覚をただ全身で味わうだけなので、少しでも有意義なことをしたいと思ったのが、その理由の一つとして言えるかもしれない。ただ、せっかく図書館に来たのなら、私には目当てとする本が一つある。 姉が死んだのは先月の末。急でもないが、たいして前振りがあったわけでもない、いたってシンプルな死に方だった。 死因は肺癌。いつかの機会に、姉の担当をしていた医者に姉の病気についてもっと詳しい話を聞いたことがあったが、あまり頭に入ってこなかった。正直言って、私はあの姉がそこまで好きでもなかった。私が小学校に入学したあたりからすでに姉の容態は不安定で、もともと体が弱かったのが、この癌がきっかけで大分厳しい状態になっていたそうだ。姉はいつも卑屈で、ことあるごとに自分のことを皮肉っていた。 「ごめんね迷惑かけて」 「私がこんなじゃなければ、あなたももう少し幸せになれたのかもね」 「ごめんね」 姉の口を次いで出てくるのは、そんなこてこてのネガティブ発言ばかり。正直うっとうしかった。 自分の苦労をもっと人に聞いてほしかったのか、姉は高校生になったあたりから小説を書き始めた。卒業するまで毎日書き続けていて、社会人になった頃にはその姉の作品がコンクールか何かで編集者の目に留まったとかで、そこからとんとん拍子に姉は小説家になった。デビュー作はかなりの人気が出て、すぐに次回作の話が持ち上がった。姉だってそんなことがあってうれしかったはずなのに、私を前にした時の自虐は相変わらずだった。姉がそんなだったから、私も姉の小説を読んだことはまだ一度もない。 だからこそ、この機会に姉がどんな小説を書いていたのか、読んでみようと思ったのだ。 無数の本棚の中から、日本小説のコーナーに入る。入るとすぐ手前に姉の小説があるコーナーが見えた。ご丁寧に姉の名前まで添えられている。私はその中から適当に一冊の小説を取り出して、場所をとっておいた席に持って行った。本の表紙に軽く手をかざしてみる。内容を見るまでもなく分かった。あの姉のことだ、とことん暗くて救いのない話にして、最後はバッドエンドを迎えるに違いない。 私は本の表紙をそのまま少し見つめた後、表紙を開いた。表紙を開く手が、なぜだか少し重苦しい。 「父、母、妹、私。多少狭いが居心地の良い、ごく一般的な家庭だった。」 どうやら冒頭は家族をテーマにして話が始まるらしい。私は本のページを一枚めくった。 「ある日、私は難病を患った。もともと体の弱かった私は、回復するのは難しいらしい。母は泣いていた。父の眉間には深いしわが寄り、そして、まだ状況が飲み込み切れていない小一の妹だけが、ぽかんとした目で私と、医者を交互に見つめていた。」 主人公は重い病にかかったらしい。どうやらこれは姉自身をモデルに描いた作品なのかもしれない。私は読み進めた。 「私は人生への大きなストレスを、自虐の形でいつも妹に吐いていた。当然妹は楽しそうではなかったが、私のそばを離れることは決してなかった。」 確かに、私は姉の話がどれだけ面倒でも、最後まで聞かなかったことはなかった。 「私はベッドを離れられない状態となった。眠るときにはいつも、親と妹の姿が脳裏に浮かんだ。」 ・・・。 「もう息もまともにできそうになかった。部屋の今にも葉が枯れ落ちそうな老いた木など見えないし、人生が終わるのは、案外あっさりなんだなと思った」 ・・・・・・。 「まもなくして、私の視界は真っ暗になった。最後に傍らには家族がいたが、妹だけは私のほうを向いていなかった。こんな姉で、自分でも情けなく思った。せめてこの妹だけは、今よりもうんと幸せになってほしいと思った。」 そこで文章は途切れていた。まるで姉の最後を見送るかのように、次のページには出版社名と著者名が添えられている。 本が出された年月を確かめてみた。 二千二十四年。七月一日。 姉の死の、ちょうど五日後である。 死ぬ間際になっても、まだこんなくらい話を紡いでいたのか。本当に、どこまでいってもお姉ちゃんは卑屈だった。 私の頬に、一筋の涙がこぼれた。ような気がした。人前であったが、そんなことはどうでもよかった。今はただ、お姉ちゃんを、お姉ちゃんのこの小説を、手から放したくなかった。
みんなの答え
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めちゃくちゃ凄い!!
Hi(^^♪My name's Marin(*^▽^*) ☆*: .。. o本題o .。.:*☆ めちゃくちゃ凄い!! Have a nice day(*^^)v Thanks for reading(*'ω'*)See ya(^^♪