深溝家のきまりごと
桜が舞う季節ももう終わり、暑い日が続くようになった。 クラスカーストの真ん中あたりに位置する無難なポジションを得た僕は、充実した生活を送っていた。 一人で帰宅しているとき、何やら声が聞こえた 「やめてくれませんか?迷惑ですよ。」 特徴のある声だ。そして、聞き覚えがあった。 声のする方を見ると、妹の澪がナンパされていた。いや、雰囲気からするとストーカーにあったといったほうが正しいかもしれない。 「やめましょうよ。嫌がってますよ?」 「誰だよお前、関係ないだろ!」 「関係あるかどうかは置いといて、とりあえず警察呼んどきましたから。もうすぐ来るんじゃないですか?ストーカー行為を報告すれば、彼女と付き合えるかどうかわかりませんよ?」 「うっ...わかった…今日のところは諦める…」 今日のところとは、また今度来るということなのだろうか。噂になることだけはやめてもらいたい。 「…覚えてろよ。」 フィクションのような捨て台詞を吐いて、ストーカーは去っていった。 「これでひとまずは…」 パチンという音が乾いた空に響いた。同時に、僕の左頬が熱くなった。 「…余計なことしないで。」 透明な水のような声はひどく鋭かった。今しがたストーカーを追い払った恩人に向ける声とは思えない。 僕が唖然としていると、妹は踵を返して去っていった。 帰宅しても「ただいま」は言わない。誰も聞いてないからだ。聞いていても、「おかえり」なんて返してくれないだろう。 「あ...」 「あ...」 部屋に行く途中、妹と鉢合わせた。 「今日みたいなこと...」 気をつけろよ、と言う途中で妹は去ってしまった。 ゲームをして、8時頃になると夕飯が出来上がっているのでそれをもって部屋に行く。それがいつもの流れだった。 「...澪が、ストーカーにあったそうね。」 だが今日に限っては母がそう話しかけてきた。僕の通報から届いたらしい。 「あぁ、そうだね。」 「あなたが助けたそうね。」 「まぁ、そうだね。」 「そう…私買い物行ってくるから。じゃあ、きまりごと、守ってね。」 「わかってるよ。」 深溝家のきまりごと。僕が小学3年生、美桜が小学2年生頃に提示された家庭内の決まりごとだ。 その1、節約すること その2、人の嫌がることはしないこと その3、お互い、必要以上に関わらないこと 母親からはこう説明された。「必要以上はね、遊ぼうとか、勉強教えてとか、いらない会話をしないこと。」 ある日、妹を遊びに誘った。きまりごとなんて、このときは気にしていなかった。けれど、 「やめてって言ったじゃない!」 母親は叫んだ。気がついたら僕は全身が痛くなっていて、妹は泣いていて、父親は「やめろ。落ち着け。」と母親をなだめていた。 あとから父親に言われた、母親は、大切な人をなくしたのだと。その人と仲が良かったから余計に辛かったのだと。だから母親はこれ以上の悲しみを受けたくないし、僕がちにも受けさせたくないのだと。僕はその時何も考えていなくて、ただ、もう僕達は家族に戻れないということがわかった。 「やめてって言ってるの!言ったでしょ!」 物思いにふけっていると、外から妹の声が聞こえてきた。1日に二度聞けるとは思っていなかったので、拍子抜けしていると、外から別の声も聞こえてきた。 「言っただろ!僕には君だけだって!」 どうやら今日のストーカーらしい 「あいつまたか…」 懲りないストーカーに対して呆れていると、 「やめて!やめて!」 どうやらただ事じゃない雰囲気が漂っている。 外に出てみると、妹と、昼間のストーカーがいた。そしてストーカーの手にはナイフがあった。 「やめて!誰か助けて!」 そうは言ってもこのあたりに住宅はない。親は留守だ。助けられる人物は、僕しかいなかった。 「助けて!…!」 どうやら妹も僕の存在に気づいたらしい。が、僕らにはルールがある。深溝家のきまりごとが。僕は迷っていた。だってこれは、きっと必要以上だ。 妹の恋愛事情に首を突っ込み、挙句の果てに妹を助けるのだから、きっと僕らは、お互い大切な存在になる。そうすればきっと、悲しい結果になるだろう。 「お兄ちゃん…」 澪が泣いていた。 途端、僕の身体は動いていた。途中で殴り合いになって、僕の体のあちらこちらに切り傷ができたようだけどそんなの知らなかった。 澪を助ける。その一心で僕の体は動いていた。 やがてストーカーは逃げていった。 「ごめん。」 澪は謝った 「何がだよ。」 「だって怪我…それに怒られるよ。」 「どうでもいいよ。」 「どうでも良くないよ。」 「どうでもいいよ。澪が無事でいるなら…ごめん。」 「なんで?」 「迷ったんだ、澪を助けるかどうか。」 「…ねぇ、私達家族になれるかなぁ。」 「なれるよ、いつか、必ず。」 今はなれなくても、いつか、必ず