音楽
「おいおい、楽まだ作っているんだってw」 「やばww」 皆が僕の行動を馬鹿にしている。 僕は学校が終わればいつも音楽や曲を作っている。 でも皆、それを馬鹿にする。 友達も、 「諦めろって、そんなくだらないことw」 「音楽家が夢?なにそれチョー受けるw」 「音楽は男の子が作るものじゃないんだよ!」 「絶対無理w」 先生も、 「変な夢見ないでください!」 「そろそろ現実を見ろ!」 「もっと社会に役立つ夢を持て」 親も 「そんな意味もないことをして周りの人たちがどう思っているの!?」 「お前は家族としての恥!」 「あなたなんて産むんじゃなかった・・・」 そう言われると音楽を作るのをやめたくなる。 どうしてそんなに僕をいじめるの・・・・。 そもそも曲を作ろうと思ったのは小3のころだ。 友達が引っ越して悲しい思いから救ってくれたのは音楽だ。 音で僕の心を癒してくれた。 この気持ちを分かち合いたかった。 ただそれだけ・・・・・・。 12歳の時、とうとう捨てられた。町から追放された。 一人ぼっちで悲しかった。 15歳の時里親が見つかった。 僕は隠れながら曲を作り続けた。 前みたいにいじめられると思ったからだ。 そんなある日。 「「お兄ちゃ~ん!」」 弟妹の弦と奏が来た。 またいじめられたのか・・・・。 ふと思いついた。 「じゃあお兄ちゃんが元気にしてあげるよ」 僕は自分が作った曲の中から一曲聞かせた。 すると・・・ 「わぁー!いい曲!!」 「お兄ちゃんすごい!」 「もっと聞かせて!」 初めてだった。こんな感想。 気付いたら僕は何年も作ってきた音楽を二人に聞かせていた。 音に誘われて父も母もやってきた。 曲が終わるたび、拍手が鳴り止まなかった。 とても嬉しかった。 学校でも聞かせてみたら大人気になった。 「楽スゲー!」 「天才!」 「楽ってこんな才能があるんだ!」 「ねね、明日も聞かせて!」 友達も、先生も、家族も喜んでもっと聞きたいと言っている。 まさかの反応で僕の心の闇が一瞬で消えた。 ・・・・・僕も、もっと音楽を作りたい。 数か月後大震災が起きた。僕の地域は安全だった。 でも被害を受けた所は帰る場所もなくし大切な人もなくしていた。 そんな人たちの力になりたい!! 僕は音楽をたくさん作って人々に聞かせた。 すると 「力になった」 「希望をもらった」 「勇気がわいてきた」 と、反応が返ってきた。 僕はもっと元気与えたくなり、専門学校で勉強をした。 が、僕は先生よりも顔負けの才能を持っていて成績学年1位だった。 ファンクラブもできてしまった。 大学を卒業後、僕は全国旅をして作った音楽を聞かせた。 ある日・・・。 僕は見覚えのある街に来た。 ここは数年前の大震災の被害地だ。 被害が大きく、町が全然修復されていない。 学校の校庭でみんな固まっていた。 皆ボロボロだった。 人々の顔を見たときハッとした。 ・・・・・ここは僕の本当の故郷だ・・・。 すると、小さい子たちが僕と見つけると目を光らせ、 「らくさんだぁ!!らくさんがきたぁ!!」 ときゃきゃと言い僕に飛び込んできた。 僕はさっそく音楽を聞かせた。 皆リラックスして聞いていた。 「元気が出てきた!!」 「さっすがらくさん!!!」 「らくさん、また来てね!!」 僕は子供たち手を振って町を出ようとしたその時だった。 「やぁ、楽」 声が聞こえて後ろを振り向いた。 そこには僕が子供の時いじめていた友達、先生、そして家族だった。 「楽、ここに住まないか?」 「やだ楽、大昔のことなんだからもういいだろ」 皆笑顔で言った。 でも僕はすぐに分かった。 僕を使って金儲けをさせ、楽をしようとしていることを。 だから僕は 「いや、僕はお金儲けのために音楽を作っていないから。じゃあ辛い思いをしている人たちにもっと音楽を届けに行くね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 君たちみたいな人たちにいじめられている人々を」 そう言って僕は町を出て行った。
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すごい!
めっちゃいい作品!! るなです。すごいよ。災害というよくあるものを入れて ストーリーを作るなんて、、、発想力がいいですね!
凄い
めっちゃいい作品ですね! 尊敬します👏