あれから1年・・・・
2011年3月11日の東日本大震災。 あれから1年がたとうとしているね.... 私ゎ、あの震災を経験してから人と人との絆が感じられました(^ω^) 大変なときもあったけど、絆があったからこそ皆で乗り越えられたんだと思っています!! なので、日本ゎ本当にいいところ。日本に生まれてきて良かったです☆ みなさんゎ、震災を通して感じられたことなど何かありますか?* 回答待ってます.。*+
みんなの答え
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びっくりした!!
私は、学校から帰ってきたら震災のニュースが あっててとても、ビックリしました。 夜寝るときも、ずっと余震警報がでていました。 この震災で、地震と津波のおそろしさを知りました。 早く、復興してみんなに笑顔がでればいいなと 思いました(^^)がんばって!東北(^-^)
あれから一年
私の小学校では、東日本大震災の募金活動を行っています。 集まったおかねは、112475円でした。 一年経ってもまだ行方不明な人もいる中その人達は今も必死に生きようとしています。私は、そういう被災者の人がすごいと思います あれから、一年経つと思うとなぜか涙がでてきます。 私は、大人になったら被災者の人達のボランティア活動にさんかしたいです
命の大切さ
私は、「命の大切さ」が前よりももっともっと、分かったような気がします。 それから、人に優しくすることを心がけるようにしました。 あと、元気に一生懸命生きることにしました。
「絆」を感じます。
もう東日本大震災から一年たつんですね・・・ 私は、本当に日本の皆さんの「絆」をとても感じます。 大震災の後から、絆ちゃんという名前をつけた人もたくさんいるそうです!! 本当に日本に生まれてきて良かったと思います☆
怖かった
僕はすごく怖かったです。 北海道に住んでいるので特に大きな被害には遭わなくて、 最大震度は「4」位でまだいい方だったけど お世辞とかじゃなくて本当に被災した方々を思うと涙が出てきそうに なりました。 もし自分の家族、親族、大切な人が被害に遭ってたらと思うと、 胸が痛くなります。 その時はあまり大事(おおごと)だとは思わなかったけど、 後々事の重大さに気付きました。
ほんとだね・・・
私はあの日がっこうをやすんでいて、母は仕事、父は北京にいて 家では私は1人。+犬+かめでした。 突然大きく揺れだしとびあがりました。 犬を抱き家の前のコンビニにいきました。 するとコンビニの人は犬は中に入ってはいけないのに 寒いでしょ?といって中に入らせてくれました。お母さんの電話番号分かる?とか本当に日本人って優しいなと改めて感じました。 だから今日までそしてこれから私たちは生きていけるんだと思います。 これから先こんなことがないといいですね。 そう願っています。もしまたこのようなことがあったら支えあいましょうね。日本ならできます。 他の国からの力も本当に感謝だらけでした。 長々すみません。これは私の思いついたままの気持ちです。
3年生なのにすごく感心
そのころうちのクラスでは、教室に先生がいなくてけっこう遠くの部屋に他の子1人といたんです。生徒はわたしもいれて10人くらいしかいなくてその時あのじしんがおきてみんな机の下にかくれたんです。避難訓練の時を思い出して、するとじしんだ!とわかってガラッとドアを開けて机の下ににげこんでいた子がいたんです。ひなんくんれんで地震でドアが開かなくなるっと習っていたからです。そのころは、三年生でまだ低学年でしかも大人がいない時、そしてこんな地震は初めてというのにとっさに行動できて、いまとなっては「もしかしたら○○ちゃん(今の話の子)に命を救われていた子がいたかもね」と言われていたんです。それですごく感心しました。 長文ですいません。
絆!!
私は宮城県在住です♪ テレビで見る宮城県は津波が来て大変な所だけ!! 私の住んでいる所は停電(もう全然大丈夫ですけど)、一部損害(って言っても地盤が落ちたとか壁にヒビが入ったとか)と言う宮城県以外でもありそうな感じの事しか起きてません。 でも、地震が起きた時は怖かったです。 リンゴは1人、階段にいました。そんな時、急に大きな地震が起きました。階段にいたリンゴは防火扉が揺れで閉まり、電気が消え、真っ暗な所に1人閉じ込められてしまいました。この時、リンゴは考えました。 それで階段を下り、自分のクラスの前に行きました。運良く階段を下りてすぐが自分のクラスでした。そして、クラスのみんなと校庭に避難しました。 この時、みんながいて良かった、1人じゃなくて良かったと思いました。とっても怖かったけど、階段の時に比べたら大丈夫でした。 だって1人じゃなかったから・・・ この出来事を思い出すと『絆』ってちゃんとあるんだなと、思いました。色んな事が起きすぎて書ききれないけど、これで終わりにします。
恐ろしかったですね。
宮城県に住んでいます。 私の住んでいるところは津波の被害がありませんでしたが、地震の揺れの恐怖が忘れられません。 私は東日本大震災が起こった時、学校の図書室にいました。友達とも一緒にいたのですが、揺れが起こった時、私がパニックになったのを揺れている中、友達が必死になだめてくれました。 あの時、友達が一緒でなければきっと一人でパニックになって大変な事態になっていたと思います。 本当に感謝しています。 この出来事で感じたことは、「友達は大切」ということです。単純なことですが、震災を通して心から感じました。 原発やがれき処理などの問題がまだ解決していないようですし、本当に少しでも早く復興してほしいと心から願います。
そうだね。
そうだね。あの、3月11日はとても絆の深さを学べたと思います。きっと絆があったからこそ今を生きていける人がいる・・・・。やっぱり人と人とのつながりってすごく大切なものなんだってあらためて思いました。あの震災で犠牲になった命をみんなでむだにしないように、今をせいいっぱい生きる。それってすごく大切なコト。でも、震災から間もないころはシーエムとかテレビでも震災のことがいろいろ言われてたのに、今は誰も言わないよね。でも、私たちは、あの震災で多くの人が亡くなったということを忘れちゃいけないよね。