私が病んでた時の話をします。
私が病み始めたのは、5年生の最初からです。 5年生のころから母の暴言がひどく、その暴言で私は病んでしまいました。 「シネ」「お前は生きてる価値のない人間だ」 そんな言葉が、私の心をどんどん傷つけていきました。 そして数か月たった頃、もうその時の私は生きる希望なんて1つもなく、毎日毎日「しにたい」「消えたい」とずっと思っていて、ただつらくて苦しくて仕方がありませんでした。もうその頃は、精神的にもおかしくなっていて、心はボロボロで、、どうしようもありませんでした。 そして6年生になり、つらくてつらくて苦しくて、そんなとき、こんな言葉が頭の中にあるのです。 「お前は生きてる価値のない人間だ」 そう。母から母から言われた言葉が今でも私を傷つけます。なんで私は生きてる価値のない人間なのに、生きて、酸素を無駄にして、人々を不幸にしているのか。そう思っていました。 でも、、私は諦めずに生きました。ボロボロだし、つらいけど立ち上がることが出来たのです。 だから私は、今、生きる希望が無い人に、これを伝えたいです。みなさんも諦めずに、がんばってください!!
いろんな相談先があります
子供のSOSの相談窓口
チャイルドライン[特定非営利活動法人
チャイルドライン支援センター]
みんなの答え
※きびしいコメントを見たくない人は
「見ない」をおすと表示されなくなるよ!
わかります!!
私は母親や父親に暴言だけでなく、暴力もありました。暴言はわたしが保育園の年少の時から始まりました。暴力は小2から始まりました。毎日叩かれて、蹴られて本当に死にたいって思う毎日でした。小4の時は顔面をグーで殴られてはなじが出たこともありました。もう全身あざだらけで学校では、なるべく隠すとかありました。そこまでは、母親だけだったのですが、ついに父親も手を出してきてですね、冬くらいだったかな?一日中倉庫に閉じ込められたこともありました。中学生になってからは、まぁ、私も思春期なんですけど、暴言が増えてきてですね、病んだ時期が沢山ありました。「産まなきゃ良かった」「取り柄のないクズ」などと言う事もありました。一番私が悩んだことは、差別ですかね。お姉ちゃんには暴力振るわないのに、私には振るう。私がどんなにお母さんやお父さんに好かれる為にお手伝いとか頑張っても、やっぱりお姉ちゃんには、叶いませんでした。お姉ちゃんは、お母さんやお父さんのいうこと全然聞かないし、お手伝いもいつもやらない。携帯ばかりいじってるのに…って思ってました。でも、私は莉犬くんに出会ってから生きてて良かったって思える日がきました。
素晴らしいお言葉!!
何だかもう本にしても良いくらい素晴らしい!その言葉のおかげで「生きよう」という気持ちが出てきました!!ありがとうございます!