1月17日はなんの日でしょう。
1月17日はなんの日でしょう。 正解は、阪神・淡路大震災が起きた日です。 これは、国民にとって忘れられない日です。私のお母さんは阪神・淡路大震災に巻き込まれました。 1995年1月17日午前5時46分52秒、阪神・淡路大震災は起きました。 M7.3の大地震でした。神戸市、淡路島、それ以外のいろんなところが被害に遭いました。 冬だった為、火事も起きて、 まだ1995年だったので、予想が難しく、緊急地震速報もありませんでした。 ここの回答に阪神・淡路大震災で亡くなられた方、被害に遭われた方にメッセージを書いてください。 ふざける、辛口などの回答は禁止です。 まず私が書きます。 亡くなられた方、被害に遭われた方へ 急に地震が来て、びっくりしたと思います。 避難生活はとても大変だったと思います。 けれど諦めずに生きたのがすごいです。 私の学校では幸せ運べるようにを歌い、避難訓練を行います。 これからも頑張って生きて、または安らかにお眠りください。 ゆーりんより
みんなの答え
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なんかごめんなさい。
タイトルの通り,ごめんなさい。なぜなら,その日は私の誕生日なんです...。 凄く怖かったなど,沢山死者が出たと思います。私はその日の経験はないです。その何年後かに私が生まれ,ケーキを食べていたんです。楽しんでいたんです。でも,この日になると,皆悲しくなります。 どうか,その事は,お許しください。経験をした人は,もっといい事が起こりますように。
阪神淡路大震災
阪神淡路大震災で、私の知り合いの知り合いの方も、たくさん亡くなったと思います。私が通っている中学校でも、命を落とした方がいるそうです。 今日、新聞を読んでいて「私たちの大切なものを一瞬にして奪い去った」という言葉を見ました。 突然鳴り響く轟音。観測史上最大の揺れ。奪われた尊い命、平穏な日常。 被災者の方は、どれほど辛い思いをしたのだろう。遺族の方はどれほど後悔したのだろうか。 そう思うと、涙が出てきました。 母は、阪神淡路大震災を経験したため、地震が起こると大きな恐怖に襲われるそうです。 それほど大きな傷を、この震災は残したのです。 また、その苦しみから立ち上がり、神戸の街を蘇らせてくださった方々を、心から尊敬します。 神戸で生まれ育った私たちができることは、震災の記憶を風化させないこと、防災意識を高めることだと思っています。 亡くなった方々の分も、精一杯生きていきます。 長文失礼しました。
ほんとうに2
私も(幸せ運べるように)人と防災未来センターの前で歌いました。
『被災者の方々へ、』
被災者の方々へ、 震災の時の記憶や嫌な思い出。 中には、財産や家、そして大切な人を失い、悲しい記憶が蘇ってしまう日でもあるかもしれません。 しかしこの日は、ただ犠牲者を追悼するだけではなく、これから起こりうる災害に備え、考える日でもあります。 確かに、失われた財産、命があることには変わりありません。 私達は亡くなった犠牲者の方々の分も、しっかり生きていく必要があります。 最近、風化しつつある阪神淡路大震災。 風化しても、被災者の方々にとっては、1月17日を迎えるたびに、辛く、悲しい思い出が蘇る、これだけは事実です。 だから、絶対に忘れてはいけない日でもあります。 被災者の方々や遺族の方々のためにも、震災の風化を防ぐことが大切です。 被災者の方々、その遺族の方々に、心よりご冥福申し上げます。
ほんとうに
阪神淡路大震災では、、沢山の人が亡くなられて、その半分が火事でしたよね。その火事の原因は、ほとんどがガスコンロやヒーターだったそうです。今の時代は、地震反応で消えるけど阪神淡路大震災が起きた時代は、地震反応が無かったそうです。(先月の修学旅行で神戸の人と防災未来センターに行った時言ってました。)だから死者が沢山出たそうです。
次の世代へ活かして
こんにちは、StrawberryTeacupです。 被災者の方々へ。 私も大分在住で、実際、熊本地震の影響を受けました。 近々、南海トラフ巨大地震が起ころうとしています。でもそれは、阪神淡路大震災の時と同様、止めることはできません。ですが、それに向け、対策はできます。 私達の未来が、良いものとなること。 阪神淡路大震災をはじめ、多くの方が被災された事を真に受けて、新しい、平和な未来を、創りたい。
被災された方々へ。(2
いつ起こるか分からない震災。 それは1日後かもしれないし、1時間後かもしれない。 1分後かもしれない。 誰も分かりません。 「自分で自分の命を守る。」 「みんなで協力し命を守る。」 これが大切です。 被災された方々の中には「まだ生きたい」 と思った方々も数多くいたでしょう。 最後になりましたが震災で亡くなられました方々へのご冥福をお祈りし、追悼の言葉とさせていただきます。
被災された方々へ。(1
まふらぁです! 阪神淡路大震災が起きて今年で25年。 被災された方々は、 まさかこんな大地震が起こるとは夢にも思わなかったでしょう。 この地震が起きたのは早朝なので寝てる方も数多くいたと思います。 私は先月、兵庫県神戸市に修学旅行に行きました。 そこで見たのは… ・倒壊した高速道路、 ・地震が起きた時刻のまま止まっている像、(マリーナ像) ・阪神淡路大震災の記録が数多く残っている建物、(人と防災未来センター) ・震災で亡くなられた方々の名前が刻まれている瞑想空間、 (希望の灯り三宮東遊園地) なとなど。 ガイドさんの話にも胸が苦しくなりました。 震災が奪ったものは数多くあります。 仕事、家、街並み、思い出、そして命。 でも震災が残してくれたものもあります。 それは優しさ、仲間、思いやり、そして絆。 私たちはこの震災を忘れてはいけません。 次は私たちが震災が残してくれた絆にどを受け継ぐ番です。
無題
当時まだ生まれていなかった私としては、地震といえば熊本や北海道の地震。調べてみると、マグニチュードはそれ以上だったらしいですね。熊本地震や胆振東部地震でもニュースを見ていられないくらいだったというのに…。きっと、絶望的で生き残っても死にたくなるような惨状だったと思います。亡くなられた方には心よりご冥福を、また、生きてここまでお励みになられた方には上目にしか見れません。 ちなみに、こんな話を思い出しました。当時、母の実家には子犬(柴犬)がいました。風で扉がカタカタと揺れ、子犬が揺らしたと勘違いした祖父が「こら!」と怒鳴ると、子犬は下駄箱の下に顔を突っ込み震えていたそう…。
長文です。
自分のいる学校では当時、6人もの子どもが亡くなりました。キッズなんでも相談を見ていたら分かる通り、人はたくさんの悩みを抱えています。一人、人が亡くなるだけで、そのたくさんの悩みが消える代わりに、その何百倍、何千倍もの大切な『経験』が消えてしまいます。それに、周りの人たちも悲しみます。 怪我をしているだけだったら、「大丈夫ですか?」と話かけられる。でも亡くなった人には、その意味すらもない。 きっと全国の子どもで、母や父や友達が亡くなっている人は少ないと思います。だから、実感できないかもしれませんが、『人が死ぬ』という事は軽く考えてはいけないことです。『人』と言っても、知らない人や友達、家族などたくさんいます。自分も人で、あなたも人です。 『命の大切さ』というのは、どんどん忘れられてきています。地震は、無い方がもちろんいいですが、命の大切さを教えてくれたものでもあります。 自分は今日、避難訓練がありました。もちろんとても疲れました。でも「もう嫌だ」なんて言いません。もしかしたら一分後、巨大地震が来るかもしれません。大津波が来るかもしれません。だからです。