記憶泥棒
私は人の記憶が大好きだ。 だから、私は面白そうな記憶を奪う。 記憶にも、色々ある。 嘘ばかりの偽りの人間の、真っ黒な記憶。 秘密を言わない、本音を隠す人間の、切ない記憶。 言い切れないくらい。 私は、寝ていて無防備になった魂に眠る記憶を奪う。 代わりに、私が作り出した偽りの記憶を吹き込む。 そうするとその人間は苦を知らなくなる。 それが吉と出るか凶と出るかは分からない。 そんな事どうでも良い。 私は人間が嫌い。 だからこうして大切な記憶を奪う。 記憶を奪うのは私の生まれながらの役目だった。 幼い頃は、奪ったりせず、子供心のまま、色々な事を感じていた気がする。 しかし今、私には記憶がない。 人生、記憶を奪いはじめる前、何があったか…。 盗まれたのではない。 私が記憶を奪いはじめて、自分の記憶も奪ってしまったのだ。 そして、ある人間に吹き込んでしまった。 その人間は、「記憶喪失」だった。 盗まれたのではなく、消えてしまったのだ。 まだ少年だったが、きっと色々な事を体験してきたのだろう。 それなのに、消えてしまった。 その時、私は初めて「哀れみ」という感情を抱いた。 今まで奪ってきた「哀れみ」よりも新鮮で、鮮やかな感情だった。 私は少年への哀れみから、自分の記憶を吹き込んだ。 その後、私は後悔していない。 しかし、少年がどうしているかが気になり、少年の事を考えると苦しくなる。 この感情も、あの時の「哀れみ」と同じくらい鮮やかだ。 人間の事は嫌いだったはずなのに。 きっともう会う事は出来ないが、私は今日も記憶を奪う。 少年の事を想いながら。