【短編小説】母と、私と、おにぎり。
母の作るおにぎりは、いつもしょっぱい。 塩を振りすぎるからなんだ。 他の子のお母さんは、もっと器用なのに。 なぜ私の母だけ、不器用なんだろう。 そう思いながら、私はいつも、母の作ったしょっぱいおにぎりを食べる。顔を険しくさせながら。 シングルマザーの母は、早起きだ。 早朝に起きては、私のお弁当を作り始める。 朝の八時から五時までのパートで働く母の昼は、コンビニ弁当で済ませているらしい。たまに、タッパーに封じられた冷飯や、おかずなども持っていき食べるそうな。 一時期、そんな母の様子に、不安を覚えたことがあった。体調はどうか。過労などないか。我慢しているんじゃないか。 そんな考えを、朝食の並んだ食卓を挟み、口に出す。 しかし、母はいつもの通りに微笑んだ。 「あんたは子供なんだから、母さんの心配なんか、まだしなくていいの」 ……その笑顔は、毎日笑っている母の笑顔と全く同じで、変わりのないものだった。 「ちょっと、来なさい」 担任の先生から呼ばれ、私はおもむろに教室を出た。 どこか胸騒ぎがした。なぜなら、廊下を歩く先生は、険しい顔をして、始めに言ったからだ。 「今から先生の言うことを、驚かず聞いてください」と。 そして、先生の口から私へ、ゆっくりと、慎重に告げられる。 「お母さんが、倒れたそうです」 パート疲れだったのだろう。 母が横で倒れるという突然のことに、パートの同僚が混乱のあまり、慌てて救急車を呼ぶ騒ぎになったそうだが、幸い母は大事には至っておらず、単なる疲労だったらしい。 母は朝から顔色が悪く、少し貧血気味だと言っていたが……。 無理をしていたのだろうか。 私のために。 次の日から、母はパートを休んだ。休ませた、と言った方がいいのかもしれない。 とにかく、その時の私は、なぜだかもしかしたら母がパッと、どこかへ消えてしまうんじゃないか、という思いでいっぱいだった。だから、私は母へパートを休むよう言うしかなかった。 ある日家へ帰ると、母が当たり前のように料理を作っていた。 「……お母さん?」 「ああ、おかえり。 昼頃に体調良くなってきたんだ」 違うよ。そうじゃないよ。 胸の奥で何かが、きしむような音をたてた。 「何でもっと自分を大切にしてくれないの」 いつの間にか、胸の奥の想いは言葉になって、私の口から飛び出していた。まるで、慎重に、こぼれないように注いでいた水が、コップから溢れるように。 私は、母の目を見ることなく、奥歯を噛み締めながら、早足で部屋へ駆けていった。 言ってしまった。 母が頑張っているのは知っていた。 私は、それを“我慢”ではなく“愛”と受け止めることはできなかった。 私のために。 私のために。 私のせいで。 胸の奥で、その言葉は飛び交い、私の心に鋭く突き刺さっていった。 私のせいで。 その日、私は部屋から出なかった。 出れなかった。 次の朝、母はパートへ出た。 「いってきます」 という母の声を、自室の壁越しに聞きながら、私は「いってらっしゃい」とは言えなかった。 私は、その日学校を休んだ。 母には、「お腹が痛い」と仮病を使った。 そうした方が、毎朝お弁当を作ってくれたりする母の手間が、省けると思ったから。 私がいないことで、母が我慢を、苦労をすることがなくなると思ったから。 母が家を出たのを確認し、私は部屋を出た。 たまには自分で朝食を作ろうと思いキッチンへ行くと、そこには、一つのおにぎりがあった。隣あるチラシの裏に、母の筆跡で文が書かれている。 “朝ごはんは、おにぎりを食べてください。 塩はなしにしてみましたが、どうでしょう。 まだお腹が痛かったら、無理して食べなくてもいいよ” ……私は、母からの文を読みながら、思わずかすれた声を漏らした。 何故なら、その文章にはまだ続きがあったから。 “はやく元気になってね” “お母さんは、あなたのことが大好きだよ” “お母さんがいつも笑顔なのは、毎日あなたがお母さんを幸せにしてくれるからだよ” その言葉は、ボールペンで修正したように荒く線が引かれていた。 母の不器用さと、照れくささと、優しさが、伝わっていく。 私は、目の前のおにぎりへ、手を伸ばした。 食べる前に、きちんと「いただきます」と言う。 その時、目の前がかすんだ。 ……やっぱり、しょっぱいじゃん。 私は、頬をつたうしょっぱい何かを、手の甲で拭うと、むしゃむしゃとおにぎりを食べ始めた。
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目からしょっぱいものが流れた
タイトルは泣いたっていう謎報告です。お気になさらず(笑) やっぱり作者様の描写はとても心に残って、素敵だなぁと感じました。心地よくて、癖になる。 「私のため」と2回続けたあとの「私のせい」という言葉が本当に好きです。胸が苦しくなりました。 描写のことばっかり言ってますがストーリーも破茶滅茶に好きです。読んでよかったーって思いました! 素敵なお話でした。ありがとうございました♪
凄い…!
絶句中です…。素晴らしすぎて何も言葉が浮かんできません…! 一瞬プロの作家さんかと思いました。 私は1年後にこんなに素晴らしい小説を書けるのでしょうか…(そんな訳ないだろこのバカ。あめ玉少女ララ子様に叶うはずないだろ!頭下げて謝れ! ←※自分に対してのツッコミです) もしも私が小説の審査員(?)だったら、そしてもしもこの小説が応募されたら、即採用する…、っていうレベルです。語彙力なくてすみません。 単行本で出版されて欲しいなぁ…。(←あ、独り言です。気にしないで下さい。)
←泣いてます。
感動 いい小説をありがとうございましたサイコウデス
親子の温かい話しいいね!
やっぱりしょっぱいじゃんって 涙のしょっぱさのことを言ってる んだよね?!いやー感動しました!