いじめ
美雪(みゆき)は自室でうずくまった。もう嫌だ。このままじゃ生き地獄だ。死にたい。死にたい。頬を頬を流れ、美雪はしゃくりあげた。 美雪は立ち上がると、リュックに荷物を詰め、家を出た。母が笑顔で美雪を見送る。その笑顔の下にはどれほどの悲しみと怒りがつまっているだろうか。仕事をする父の真面目な表情にはどれだけのやるせなさがあるだろうか。普段、美雪はそう思う。だが、今回だけは美雪はそう思えなかった。 美雪は自信が通う中学校に着くと、校舎を眺めた。花が活けられた花瓶。担任教師のメッセージもかかれたあの寄せ書き。黒板に描かれた美雪の顔。それにぶつけられた上靴。靴箱と靴に敷き詰められたあの画鋲。日常的に浴びせられた罵詈雑言。 目に涙が滲んだ。 リュックに入れてきたロープを木の枝に吊るし、輪っかを作った。美雪は書いてきた遺書を近く似合った小石で風に飛ばされないようにアスファルトに置いた。そして、ロープを見つめた。 十年後。 記者をしている水沢(みずさわ)は小学校の頃、いじめられた経験がある。美雪の事件が起きたとき、当時、大学生だった水沢は黙っていられなかった。美雪の事件に心を痛め、突き動かされた。そして、とうとう、美雪の元担任教師の家を直撃した。 教師は家から出てくると、 「なにも死ぬことはなかったのに。寄せ書きも生とたちは出来心でやったこと」 「美雪さんの自殺は?よそくできたのですか?」 「予測できなかった。いじめがあることは把握してたけど、自殺するなんて想像できなかった」 怒りで目の前が真っ赤に染まった。なんだろう。この教師は。美雪さんがどんな思いを味わったか。美雪さんが現場に残した遺書"もう生きてて辛い。優菜さんたちはいじめるのは私で最後にして。他の子をいじめないで。でも、このままじゃ生き地獄だよ。”この文を読んでもなにも感じないのだろうか。 「美雪さんへの言葉は?」 「……」 「なぜ、出来心で寄せ書きにメッセージを書き、花を活けた花瓶が机に置かれてもなにも言わなかったのですか?」 「穏やかな老後を送りたいので」 そう言うと教師は家へと引っ込んだ。 穏やかな老後?美雪さんが送るはずだった穏やかな老後は?あなたはそれを奪った一人なんだよ? 水沢はため息をつくと、会社に戻り、すぐに原稿を仕上げて上司に提出した。 上司も美雪と似たような経験があると言い、美雪の件についてひどく関心を寄せていた。だからこそ、水沢の意思を尊重してくれた。 水沢は行幸が通っていた中学校へ足を運んだ。その中学校は美雪が通っていた十年前より生徒が減っていた。少子高齢社会の煽りもあるが、美雪のことが大きい。評判は大きく落ち、入学希望者は減っていた。 校庭は部活動をする生とたちで埋めつくされている。そのなかに不自然な動きをする生徒が二人いた。気の強そうな男子生徒が女子生徒に平手打ちをした。顧問と見られる教師は動かない。二人は教師の目の前にいるにも関わらず。 男子はさらにもう一回、もう二回と女子に平手打ちをする。さらに、罵詈雑言を浴びせた。女子が泣き出した。だが、女子の足にはアザがあった。喧嘩かもしれない。ふざけているだけかもしれない。だが、看過できなかった。 水沢は叫んだ。 「ちょっと、やめな!」 男子が水沢を見つめた。女子が泣きながら水沢にかけより、すがりついた。教師は驚いたように水沢を見つめた。 男子が水沢に近寄り、釈明を始めた。しかし、それは偽りであり、いじめであることが明白だった。教師は動かない。 もう二度と、美雪のような犠牲者は出さない。出てたまるか。いじめに苦しむ人々がどれどけ苦しい思いをし、いじめがいかに残酷であるかが数々の事件により表されている。けれど、いじめはやまず、死を選ぶ人々はあとをたたない。 水沢は決意と共に、一歩を踏み出した。