早樹の花
警察に捕まるわけにはいかなかった。あいつに、早樹(さき)に会うまでは。 早樹と初めて会ったのは俺と早樹が十五歳の時。早樹は聡明で物静かだった。俺の好みの女の子だった。いつの間にか両思いになっていて、二十歳の時に付き合い始めた。 だけど、早樹はそれから五年後に不治の病で死んだ。同じ歳に俺が勤めていた中小企業がまるであの、映画のような目にあった。つまり、会社が金目当てのやつらに襲撃された。悲しいことにあの、世界一運が悪いなかなか死なないしぶとい奴はいなくて、偶然、取引先に商談に行っていた俺だけが生き残った。 そしてその翌々日に母が事故で死んでしまい、一ヶ月前に結婚した妹も一週間後、新居が火事になって死んでしまった。それからも嫌なこと、苦しいこと、悲しいことが重なり、ヤケになった俺はとうとう、盗みを働いた。そして、今、俺は警察に追われている。これまた、運の悪いことに盗みを働いた先が警察の警視監だった。 俺は警察から逃げながら俺は早樹に会うべく必死になった。そして、ついに、先のお墓に着いた。一瞬だけの再会だ。俺は墓前に正座して手を合わせた。立ち上がった瞬間、手に手錠がかけられた。 「午後四時三十分。逮捕」 警察官が落ち着いた声で言った。 俺は警察官に頭を下げた。 「お願いします。早樹に、あいつに、花だけでも」 「サキ?」 「死んだしまった彼女です。ついさっき、花屋で花を買ってきたんです。花だけでも」 警察官たちは顔を見合わせ、一番、貫禄のある警官が頷いた。 「いいが、すぐに済ませろ」 「ありがとうございます」 俺はお礼を言うと、先のお墓に花を供えた。早樹が好きだった小菊が散りばめられている花束だ。無理矢理、立たせられる。 「会えて良かった。またね、早樹」 その時、俺はちゃんとした大人になってまた会いに来るから。早樹に似合う男になるから。また会おうね。