旅立ちの時
「頑張れよ」 颯太(そうた)がそう言って奏(かなで)に手を振った。 「うん」 奏も颯太に手を振った。 悲しい。寂しい。だが、留学は自分が決めたことだった。夢を追うため、奏は上海に旅立つ。 颯太も悲しそうだった。その瞳は悲しみを湛えていた。 上海に行きたくなくなるから空港に来ないでと奏は言わなかった。そんなことで気持ちが揺らぐとは思わなかった。だが、いざ空港に来ると少し、揺らいだ。颯太の悲しそうな表情を見ていると、さらに気持ちが揺らぐ。 「じゃあね」 奏は颯太に背を向けた。 空港内では家族が待っている。 家族は颯太と違い、奏との別れが悲しいとは思わず、夢の実現のためと前向きに思っているようだった。その方が奏にとっては気が楽ではあるが、もう少し悲しいと思っても欲しかった。 「じゃあね、姉ちゃん!」 弟の中学三年生の大地(だいち)が言った。 「お土産、よろしく」 小学六年生、妹の晴奈(はるな)が元気にお願いした。 「なにがいい?」 晴奈が黙ってポケットからシャープペンを出した。緑色のシャープペン。某国民的アイドルグループのグッズ。緑色は晴奈が好きなメンバーのメンバーカラーだ。 「今度は定規。あったら、お願い」 「渋谷に行けば売ってるんじゃない?上海のグループじゃないし」 「私、受験で忙しいんだよね。新幹線を何時間も乗り継いで行くほど暇じゃないの」 奏はため息をつくと、晴奈の頼みごとを 「分かったよ」 了承した。 母の陽子(ようこ)が 「待ってるからね」 父の太郎(たろう)が 「頑張るんだぞ。見聞を広めるのは良いことだ」 「うん」 奏は笑顔で頷いた。 飛行機に乗った奏は座席を身を沈めた。 上海に行っても寂しくないと思えた。颯太との絆、家族との思い出は決して枯れない。