悲しみのチョコレート
チョコレートを壊した。ごめんね。まだ結論が出ないんだ。 「チョコレートは幾つもらった?」 雅紀(まさき)は俺にそう聞いた。雅紀はまるで女のような顔をしていて、背も男にしては低く、右手にはいつも巾着を持っている、趣味人だ。 「姉から一つだけ。麻未(あさみ)はチョコレートを家に忘れた。雅紀は?もちろん、楓(かえで)からもらうだろ?」 「放課後に天文部部室に来いって朝に言われた。今から行くつもり」 「雪辱戦だな。頑張れ」 雅紀は図書室を出て行った。 その十五分後。 雅紀は麻未を伴って俺のところに来た。 「楓のチョコレートが盗まれた。僕が行った時、部室には無かった」 俺は麻未と雅紀を横目に百科事典を操る。麻未が俺に視線をじっと注ぐのを感じる。まずい。非常にまずい。俺は面倒ごとは避けたいタイプだ。そんな俺の信条は面倒なことは素早く、やるべきことは手短に、やらないことはやらない。一言で言えば自分がやるべきものだけやりましょうと言うことだ。だが、面倒なことは素早くも俺の信条。面倒ごとは素早く。 俺は麻未に顔を向けた。 「チョコレートを探せということか?」 「智(さとし)。その通り。一緒に探して」 雅紀は麻未の隣で肩を竦めている。 このままでは面倒なことになる。麻未はまっすぐな性格をしている。そして頑固。 俺は半ば強制的に頷いた。麻未の表情は嬉しそうな明るい表情に変わった。 四階の一番奥、校舎の最辺境。我らが天文部部室。 部室に入ると、部室はいつもと変わらない。中心に置かれた机にチョコレートが置いてあったのだろう。 「雅紀、天文部以外で四階が部室の部活は?」 雅紀は生徒会に入っている。 「宗教研究会だね。部員は八人。三年が二人、二年が二人、一年が四人。国語準備室を使ってるよ」 俺たちは国語準備室に行った。 部員は六人しかいなかった。女子は一人。この前、天文部部員を見かけたが、あの時見かけた女子とは違う。女子は二人なのだろうか。 「部員、いつもより少ないですね」 部長に言うと、 「一人はバイト。一人は忌引き」 「はあ。そうですか。ところで、あの、ここら辺でチョコレートが盗まれたんですが、何か知っていることは?」 「知らないな。ねえ、チョコレートが盗まれたみたいだけど、知ってることある?」 部員たちが 「知りません」 「麻未。チョコレートを盗んだのはあの女子生徒だ。テープが何かで太ももに縛り付けておけばそれがチョコレートを隠してくれる」 筋が通っていない。女子はどこで楓が雅紀にチョコをプレゼントすることを知り得たのだろうか。だが、麻未は 「そっか。それじゃ私が行ってくる」 「だが、お前がいては困るんだ。先に帰ってくれ」 麻未は黙って鞄を肩にかけ、部室を出た。 「智は分かってるね。楓のチョコレートを盗んだのは俺だ。盗んだっていうのは語弊があるけどね」 言いながら俺に巾着を渡した。振ってみる。音がして、俺は巾着を雅紀に返す。かえでのチョコを盗む奴は雅紀しか思い浮かばなかった。あとは雅紀の雰囲気や表情、そういったものから材料を集めた。 順序はチョコを部室で壊し、図書室に行く。そして、また部室に行き、通りすがった麻未と共に部室に行くだけだ。 「動機を知りたいでしょ?」 俺は頷いた。 「智は僕を趣味人だと思ってるだろうけど、僕はこだわらない程度にこだわるんだ。前はこだわってた。でも、楽しくなかった。だからね。 自分でも分かってる。楓が好きだって。楓ほど良い子は他にいない。僕は間違いなく楓の隣にいたい。でも、そうなったら僕は楓にこだわっちゃう。こだわらないことに決めたのに、楓だけは例外なのかな?すごい簡単なことじゃないかって思いはしてるんだ。僕がしたいならそうすればいい。 だけど、絶対に駄目なんだよ。僕がそう望むから物事にこだわらず、棒がそうしたいから楓にこだわる。それのどこに楓がいるって言うのさ。 一年の時に同じ理由で楓のチョコを受け取らなかった。今年もそうだ。チョコを受け取らない方法がチョコを砕く以外に他にあったかな?」 俺は何も言えなかった。俺が雅紀の立場でも同じことをしたかもしれない。でも、麻未を傷つけた。見知らぬ女子も麻未によく思われないまま学校生活を過ごすことになる。多くの人を巻き込んだ。 「答えられる目処は?」 雅紀はシリアスな顔で、 「もう少しなんだ。もう少し。言葉にならないだけなんだ……」 その肩を俺はポンと叩いた。 智と別れて、俺は携帯電話をポケットから取り出した。楓にかける。 「もしもし?楓?」 「うん」 「楓、話があるんだ」 雪が空から舞い降りてきた。