時計修理店の客
「こんにちは...」 小さな声で自信なさげに呟くのは初めて来る客。 そりゃあ当たり前だ。外には大きく「カネヤマ時計店」と書いてあるのに、建物は古いし小さいし、玄関には錆びた自転車を置いていてとても店とは思えない。 「すみませんねー、こんなにボロ臭くて」 店長の妻、サチエはいつもこう言って怪しい雰囲気を和ませていた。 しかし、この店には1人、通い慣れた常連客がいる。 修理店に常連客なんてあまり聞かないが、話によるとその客はアマノという時計コレクター。今売れば車1台買えるくらいの古いからくり時計から、最新のメロディ時計まで、幅広い世代の時計を集めるマニアだと言う。 その客は30年前からずっと通い続けていて、やはり今日も来た。 「こんにちは、アマノです。用があって来ました」 そう言ったのは常連客のアマノさん。しかし、ハットに隠れているその顔はアマノさんではなかった。狼のように毛むくじゃらで、口元がとがっている。 明らかに人ではないが、態度を変えては失礼だと思い、サチエはいつも通り接した。しかし、その声は震えていた。 犬のような口元に隠された、鋭い牙で肉を引き裂かれるのでは無いかと心配していたのだ。 「どうしました?サチエさん。ところで、店長はいらっしゃいますか?」 何故だろうと不思議に思いながらも、仕方なく店長である夫を呼んだ。 「お、アマノさん!久しぶり!用があるんだってね!ん?あれっ」 「お父さん、30年前のこと、覚えていますか?一緒に笑いましたよね。死ぬなら店と一緒に死にたいと、30年後くらいに、と...」 「おい、なあアマノさん...」 アマノさんは店長が異変に気付いたことを一切無視し、話を続けた。 「私はお父さんが好きです。そしてこの店のことも。もう30年が経ちましたよ。 私は昔、人喰い狼でした。でも、あなたと出会い、人を食うことをやめた。30年後まで食べないと決めたのです、あの時に」 「30年後って、今?おい、もしかして...や、やめろよ、そんなこと」 店長も次第に顔色が悪くなり、汗が吹き出した。足はがくがく震えている。これからすぐ起こる事を察したのだ。 「ばあちゃん、店は死んだ。もうたたんでくれ」 その言葉を最後に、店長は狼と共に消えた。
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感想
30年後『まで』食べない、ってところで鳥肌が立ちました… 建物の外見の表現が特に好きです。 最後言葉とか、閉じ方も綺麗で、すごく読みやすかったです! 次の作品も投稿してくださるのを楽しみにしてます。