恋情
「労咳?」 私は自分の顔から血の気が失われてゆくのを感じた。 労咳、それは治せない病気だ。 武郎(たけろう)は頷いた。 「そう。だから、もう会うのはやめよう。清にうつるかもしれないし、俺は父上から清(きよ)と会うのはやめろと言われている。武士が医者の娘の会うのはやめろと。武士は武家の娘と結婚する。医者の娘とは結婚しないと」 武郎は儚げに笑った。 「ねえ、戦いになったら、戦いに行くの?」 街を歩いていると、薩長の動きや幕府の動きが耳に入ってくる。それは事実かどうか分からないものばかりだけど、両者とも不穏な動きをしていることは確かだった。 病身の武郎は戦いに赴くのだろうか?帰ってこられるだろうか?私は武郎に、恋人に会えるだろうか? 「行ける状態なら行くさ。武士ならね」 武士、か……。武士でない私には武士の覚悟は想像することしかできない。壮絶で、とても尊い覚悟なんだろうなとしか思えない。せめて、武家の娘なら。武家に生まれていれば、もっと実感することが出来たのだろうか。武家に生まれていれば、武郎と結婚できたのだろうか。武家に生まれていればもう少し、武郎を引き止められたのだろうか。 「……ねえ、私の病院に来てよ。お父さんが治してくれるかもしれない」 かもしれない、どころじゃない。きっと治らない。そもそも、武郎と私の馴れ初めは武郎がお父さんの病院に咳が止まらないと来たのがきっ掛けだ。その時にはすでに、武郎は労咳だったに違いない。 労咳を治せなくても、武郎を引き止めたかった。武郎を引き止めるすべはもうこれしか私には残っていないから。 「それは出来ない。父上が止めるさ。俺は別の医院にかかるよ」 武郎の決意は固い。武士としての覚悟や、私を思ってのことでもあるから、言い返せない。 私は上を向いた。涙がこぼれないように。 泣くことは武郎の決意と想いを冒涜することだ。 泣くな。堪えろ。 そう思うのに、涙は膨れ上がる。 武郎は黙って私の前から姿を消した。 武郎の足音が聞こえなくなると、私の目からは涙が零れ落ちた。 その事実にさらに涙が転がり落ちる。 私は蹲った。 泣くな。堪えろ。 それなのに、そう思うのに、涙は止む気配を見せなかった。 半年後、私のところに武郎のお父さんから書簡が届いた。そこには、“武郎は死んだ。最期は清ちゃんを呼んでいた。”と書かれていた。 武郎のお父さんを責める気にはならない。言っていることはもっともだから。 責めるとしたら、労咳だ。 視界が涙で馴染んでいく。書簡に涙が一粒、浮かんだ。 あの時のように、涙は止まらなかった。 後に言う戊辰戦争が勃発したのは一月後のことだった。 私には前世の記憶が物心ついた頃からある。 清という幕末から明治を生きた女性の記憶。清さんは武郎という武士と恋仲になったけれど、それは悲恋に終わった。清さんは生涯独身を貫いた。 大抵の人には前世の記憶が無いと知った時の衝撃は今でも忘れられない。 それから暫くは自分はおかしいのだろうかと苦悩した。 いつからか、私は武郎さんに会うことを切望していた。 俺には前世の記憶というものがある。 武郎さんという幕末の武士の記憶だ。武郎さんは清さんという女性と恋仲になったけれど、武郎さんは労咳という、今で言う肺結核にかかって十六歳で死んでしまう。 大抵の人には前世の記憶が無いということを知った時の衝撃は今でもありありと思い出すことができる。 それから暫くは自分は異常者なのだろうかと思い悩んだ。 そして、気づくと俺は清さんに会いたくなっていた。 二十四歳の男女二人は道端で会うことを望んでいた人物に出会った。 男の名は武(たけし)、女の名は清子(きよこ)と言った。 二人は一目で互いのことを武郎、清だと悟った。確信といったほうが正しい。 二人は互いのことを認めると、涙し、同時に言った。 「武郎さん、会いたかった」 「清さん、会いたかった」 と。 男と女は互いのことを、一目見た瞬間に好きになっていた。
みんなの答え
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凄すぎるの一言に尽きる!!!
これは…凄いww 二人の恋は現代まで続くんですね…感動する… 道端で出会う所とかめっちゃ良いですねえ… そっかぁ武郎十六歳で死んじゃうんだ…来世で恋が叶うんだ… 私もこれぐらい才能が欲しかったw 言葉にできないくらい感動しました… みよさんの次回作期待しています!