震災は壊すだけではない
平穏だった暮らしは一瞬で壊された。 2011年3月11日14時46分。まさか、いつもの日々が壊されるなんて誰も思っていなかった。私は幼稚園に居た。幼稚園ではいつものように外遊びの時間で、ブランコを取り合いしていたことを覚えている。地面が揺れた。当時の私には状況が理解できなかった。幼稚園の前にあった家の犬が吠える声、室内の物が落ちる音を耳にした。すぐに室内に避難した。ここからの記憶は鮮明ではないが、覚えている。住んでる地域に津波は来なかった。何日かたった後、両親と自宅に戻った。その時の光景は今も鮮明に覚えている。いつもの玄関なのに何かが欠けている。棚が倒れ、椅子は変な形に曲がった。当時の私には何も理解できなくて、ただ怖かった。家屋は形こそ残っていたが、奥の方は瓦礫で行けなかった。 しばらく、静岡にある祖父母の家で暮らした。数年後、あの町に戻った。復興も進み、家屋も建っていた。あの町には当時ブランコの取り合いをしていた友達はいなかった。その友達の両親とも連絡が取れず、会えなくなった。私達の別れは呆気ないものだった。しかしその数週間後、その友達と別の場所で奇跡的に再会した。両親が気が付いて、お互いの姿を見たとき、変わってないな、とどちらも 思ったらしい。 突然、会えなくなること。 呆気なく、会えなくなること。 離れている時間が、とても寂しいこと。 姿が見えなくなると不安になること。 それを、震災は教えてくれた。 平穏な暮らしが、どんなに幸せかということも。
みんなの答え
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とても良い!
震災の怖さを教えてくれました!その時私はまだ、お腹の中にいたので、兄がそんな経験をしていたのかなー?と思います!
同じ被災者です。
私も同じ東北の被災者です。 私もその時は、主人公と同じで保育園にいて、いつも通り遊んでたんですけど…。 ねこさんのタイトルにセンスを凄く感じます(*・ω| 震災は町も何もかも壊しましたが、何も生まなかった訳ではないですよね。 復興までの道のりも大切な、思い出ですよね。 そんな気持ちがぎゅっと凝縮されたタイトルとお話でした。 同じ東北から応援しています♪ ではー。
私2歳か3歳だった!
宮城じゃあ、大変だったね……… 幸せが、 指一本触れただけで崩れるような、トランプのタワーだったなんて、 実際に経験しなきゃ分からない事。 それを上手くまとめてくれてありがとうございます。 まだまだ伝えきれないような出来事だったはずです。 ちなみに私は山梨なので、多少の被害には会いました。 しかし、良いのか悪いのか、はっきり覚えていないのです… 急にお母さんが慌てて、私を避難させて(そのときは避難してるってことも理解してなかった。)、、、、 そんくらいです。 その時わたしは、 「ひなんくんれんかな?」 って思ってたけど、本当の地震だったっていう……… こういうのを残していくのは、とても良いことですね。 本当にありがとうございました!!
すごい
私も原爆などの被害について小説を書きますが、そこまで上手に書けません! また、私の書くのはフィクションなのでびみょうですし・・・。 ノンフィクションもまたいいですね!