みんなの震災に対する思いを投稿してください!
キッズなんでも相談にも、震災に関する多くの相談や応援コメントが寄せられました。
10年が過ぎた今、みんなの震災に対する思いや考え、未来のために何ができることを考えてみませんか?
みんなの思いを投稿してください!
【みんなのやさしい気持ちがたすけあう力に~東日本大震災から10年~】
みんなの答え
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私はあの時…
私はあの時、おなかの中にいました。私は3月30日に生まれたのですが、3さいぐらいの時にしんさいを知リました。その時はよく分からなかったのですが、学校に入って、2年生になる時にもくとうをして、「あっ、大変だったんだ。」と知れました。今は、一日も早くしんさいのひ害がなくなるように、ねがっています。
2011,3.11,,,,,,,,,,,
こんにちはうどん大好きeeeeeee!!!です。 私は、あのとき1歳くらいであまり覚えていませんが、お母さんから聞いたのですが、あの時私は友達の家に遊びに行っていたそうです。14時46分頃はお昼寝をしていたそうです。その時東日本大震災が起きました。私とお母さんは慌てて家に帰りました。,,,,,,,,,,,,マグニチュード9.0、、、被災者の皆様大変だと思います。死者行方不明者の皆様にご冥福をお祈りします。
2011年3月11日
NANAです。 私は、神奈川県に住んでいて、当時4歳だったのですが家が揺れたのを今でも覚えています。 2021年3月11日14時46分学校で黙禱しました。黙禱が終わってからも誰一人もしゃべりませんでした。 今年で、10年って考えるともう10年たったのかとおもいます。 多くの行方不明者が早く見つかることを願います。 東日本大震災のことを忘れてはいけないと思います。そして、生まれていない人にも東日本大震災のことを教えたり黙禱を伝えていこうと思います。
2011年3月11日金曜日午後2時46分
2011(平成23)年3月11日金曜日午後2時(14時)46分18.1秒,生年月日2009年11月24日の私が1歳の時でした…。 最大震度7,マグニチュード(Mw)9.0から9.1,日本の三陸沖の太平洋を震源として発生した超巨大地震…………東北地方太平洋沖地震。 …と,ここまでは説明でしたが,いよいよ本題です。 全国で黙祷するのが,感動しました(爆泣)。
私は
私はあのとき3才で私は神奈川県に住んでいるけどあのときは埼玉県のおばあちゃんの家にいました。本当はその日帰る予定でした。だけど電車がとまったら困るので結局帰りませんでした。だからあのとき帰らなくてよかったと今でも思っています。
忘れない…
こんにちは、りんりんです、 東日本大震災から、10年が、立ちました。 私は、当時1歳半だったので、あまり記憶は、ありませんが、まだ、行方不明者は、沢山いて、 聞くだけで胸が痛い気持ちになります。 あれから10年。私は考えたことが、あります。 まだ、避難生活を送っている方達が、いて、 私にも協力出来ることがあれば精一杯取り組みたい。と、思いました。 これ以上、大きな地震が、無いように、皆さんともしも地震が、来たらどうするか、などを考えていきたいです。そして、犠牲者となった方達の命も無駄にしないように生きていきたいと思いました。
私は2歳でした。
こんにちは。みかん大好き!!ミカリンちゃんです。 タイトル通り、私は東日本大震災が起きた時はまだ2歳でした。 当時のことは全く覚えていません。 ですが、14時46分ちょうど地震が起きた時間ぴったりに学校では黙とうをしました。 また親からも当時のことを聞きました。 そしたら、母が「その時は、震災地の様子がどのテレビ番組にながれていて、行くい不明者、死者数ばかりがどんどん増えていき、お母さんたちはすごく不安だったのよ。」と言ってくれました。 そういった事を知ったので私は、震災地ではない奈良県に今楽しくなにもなかったからといって過ごしていますが、震災地で何が起きたのか、震災地でいた人々と少しでも同じ気持ちになっていきたいです。 そして自然に起きる地震はいつ起きるか分からないので、(南海トラフなど…) しっかりとした対策をとり備えておきたいです。 3月11日は地震について改めて振り替えることができる日だと思います。
たくさんの被害が出ました…
当時私は0才だったので、震災の時のことはあまり覚えていません。 しかしニュースでバラバラになった建物を見たり、被災者の方の 話を聞いたりすると、やっぱりすごい被害だったんだなと感じます。 また母から聞いた話ですが、地震が起きた時は、私は昼寝をしていて、 私の体は揺れ、父の机にある書類などはばらばらと落ちていたそうです。 たくさんの人がなくなり、行方不明になっています。 きっとたくさんの人が本当の傷だけではなく、心の傷を負っていると思います。 そんな思いは、今大変な時期にある私たちの大きなものになると思います。 東日本大震災で学んだこともあります。そのような災害に備えておくこと です。地震などは自然が起こしたことなので完全に防ぐことはできませんが、 できる限りの備えをすることは、私たちにもできます。 たくさんの人が亡くなり、たくさんの人に心の傷を与えた東日本大震災。 もう二度と、このような災害が起きませんように。
母から聞いた話です
東日本大震災が起きた日、私はまだ1歳で、ちょうどアメリカに半年間旅行していた時だったそうです。母は、外国人の友達、他にも近所の人から「日本大丈夫?大きな地震で死者沢山出たらしいね。私達、募金したよ。日本、負けたらだめよ。頑張って!」と、いろいろな人から声掛けしてもらい、何か暖かいものを感じたそうです。
忘れないこと。
星菜です。 僕は、当時新潟に住んでいて、2歳でした。新潟も揺れたそうですが、僕は全然覚えてないです。(母の話によると、僕はいないいないばぁを見ていたとのこと…) 当時の僕はどうでもいいとして、あれから10年。当時を知っている人も、時間が経つにつれて減っていってしまいます。(僕の弟も、生まれていなかったようですし…) 僕も、祖父が少し前に亡くなり、家族から一人。震災を知っている人が減りました。 あの恐ろしい震災を。絶対に忘れないことが大切だと思います。未来に語り継いでいく。 なにがあっても忘れてはいけない。 そして、そのとき亡くなってしまった人たちの分まで、精一杯生きる。 僕は、それが大切だと思いました。 震災によって亡くなってしまった方々のご冥福をお祈り致します。