「さようなら」という言葉が苦手…
こんにちは、Yです。私は、「さようなら」という言葉が苦手です。また会える、帰りのあいさつ、などの意味なら良いのですが、もう二度と会わない、お世話になった物や人、もう自分には必要なくなった、などの「さようなら」の意味は、寂しくなって苦手です。 でも母は、私と話すときにこの意味でのさようならという言葉をよく使っています。寂しくなって、悩んでしまいます。 共感して下さる方いらっしゃいますか、回答お願いします。
みんなの答え
※きびしいコメントを見たくない人は
「見ない」をおすと表示されなくなるよ!
そうだね 今ここに共感の嵐吹いてるw
こんにちは、諦めない金魚様です☆ 元、金魚ですっ! ※『様』はカッコつけてるわけではありません 本題行くぞー! 私は6年の時(現中1)、自学である短編小説を書きました。 その最後の行にはこう書きました。 『だから私は「さようなら」ではなく「またね」と言った』 これは卒業式の日が残り数日だった時に書いた短編小説の 1文です。タイトルは『卒業~進む道が違っても~』です。 卒業って悲しいじゃないですか。 会えないかもしれないって不安になるじゃないですか。 受験してどこか行ってしまう人もいるじゃないですか。 でも、また9年後にある同窓会でまた会おうね、 そしてまた笑い合おうね、っていうのを書いたものです。 『さようなら』って言うとまた会えないかもしれない、 そんなふうにある日思ったんです。 代わりになる言葉を探してました。 それは『またね』だったんです。 『またね』だったらまた会えるかもしれない、 そんな期待が残りますし、悲しみも少しは軽減できると思います。 Yですさんも今度から『またね』を使ってみては? 参考になればめっちゃ嬉しい♪
日本語ってのは深いんだぜェ
「さようなら」の語源を考えてみよう。 さようなら→左様なら→それならば つまり、「仕方がないと諦めるしかない別れ」って意味になりますね! では、「グッバイ」は? グッバイは神々の御加護がありますようにって意味です。 君が使うさようならはどっちの意味だい? 後者だよな?きっとそうさ。 だから、「さようなら」でも「神々の御加護がありますように」って思いを込めて言うんだ 何が言いたかったのか自分でも分からなくなったわw
うん…
私も嫌です。 また会えなくなるなんて、、 だから私はまたねって言ってます。 また会えると信じているから。 参考になったら嬉しいです。
分かります
その気持ち凄く分かります。 「もう二度と会えないかも」って不安になりますよね。
共感できます。
私も、「さようなら」という言葉やお別れが大嫌いです。同じことを思う人がいてとても嬉しいです。過去がきっかけでこの言葉が苦手になりました。大切な人とお別れするとなると、ちょっと胸がざわつきますよね。 でも、そのお別れした人と二年後ぐらいに、奇跡的に話せる機能で再開できることができました。相手は先生なんですが、その先生は私がいつまでも心の中に残っていると言ってくれました。きっと、Yですさんとお別れしてしまった人も、きっとそう思っています。 年下からすみません。頑張ってください。