I love you. your highness
この世界にたった独りで取り残されたら、こんな風になるかもしれない。 目の前の光景に、ふとそんな思考が頭をよぎった。 縹色の質素なワンピース。その長い裾をべたりと広げて、その人は床に座り込んでいる。彼女はただ、精巧な人形のように、静かにそこに佇んでいた。 部屋に歩み入り、恭しく膝を折る。ちょうど、彼女と目線が合わさる位置に。 ひやりと整ったかんばせが、緩慢な仕草でこちらを向いた。長い睫毛に縁取られた瞳が、こちらをぼんやりと見つめている。ごくりと唾を飲み、ずっと焦がれていた台詞を口にした。 「本日より、第3王女様の護衛騎士を務めさせていただきます」 すっかり言い慣れたはずの己の名前。名乗る声が、少し震える。 彼女は微かに頷くと、消え入りそうな声で、よろしく、と囁いた。 第3王女は、うら若き乙女でありながら、突出した戦の才を持つ。 剣を握れぬ細腕は地図の上を這い、見事に作戦の指揮を執る。その判断力と非情さは王太子をも凌ぐと囁かれた。兄姉達には無かったものを、彼女はその手に握りしめて生まれてきたのだ。 敵の首を一つたりとも逃さない。そんな狂気的なやり方に於いて、彼女はまさに天才的であった。 しかし、人を駒として扱い、奪えと命ずるその役目は、静かに、しかし着実に、彼女の心を蝕んでいったのだ。 細い肩の下に、いくつもの勲章が並ぶ。一つ取り付けられる度、彼女の瞳も一つ、色を失った。彼女は今日、正装に身を包み、民と父王へと戦の成果を報告する。第3王女は、今回も輝かしい戦績を挙げたのだと。 戦の申し子、女神の化身。そう褒め称えられるその人はしかし、真っ白な顔色のまま椅子に腰掛けていた。 「失望したでしょう」 血色の悪い唇が、そう動く。彼女から話しかけられたのは、これが初めてだ。 「…騎士などいらぬと、父上に再三申し上げたのに」 俺は静かに、彼女の前へと歩み寄る。 眼前に跪き、その細い掌を両手で包み込んだ。 冷たい手だ。俺と違って剣だこのない、柔らかな掌。視線を上げれば、大きく見開かれた瞳と目が合う。 「私は、あなた様の騎士です」 嫌だと言われても、お側を離れません。 「私が…俺が、守りたいと思ったのは。あなたという、1人の女性ですから」 剣術の訓練の最中、時折彼女を見かける事があった。 ふらりと城内を散策しては、探し回るメイドを器用に躱し、無邪気に笑う。俺が彼女を目で追うようになるのは、もはや時間の問題で。 本来の彼女はきっと、光り輝く剣より、花と砂糖菓子を愛する人だから。 俺はずっと、ただの“あなた”を。あなただけを、見つめていた。 「失望するなんて事は、未来永劫、絶対に、あり得ません」 肩の辺りが、じんわりと冷えていく。 シャツを濡らす彼女の涙が止まるまで、俺はただ、震える背中を抱き締め続けていた。