短編小説みんなの答え:0

「コクハクの道。」

あのときの風だ。「あのとき」の匂いだ...。そのビデオが私に見せた世界は、頭の奥深くに眠る記憶を呼び覚ます力を持ち合わせていた。 「あのとき」。「あのとき」というのは、あたしが小学生の頃に大好きな彼に告白されたとき。甘い匂い。春の匂いが鼻をすぅっと通り抜けていったことが、中学三年となった今でも覚えている。風も、空も、ピンク色。淡いピンクじゃない。薄くて、恋の色に染まったように見えた「あのとき」。「コクハクの道」。そうやって、大好きな彼に告白された場所のことを呼んでいた。「コクハクの道」は、狭い小道だった。桜が綺麗だった。私の地元の桜の名所。世界中の桜の名所なんかにも負けない、淡いピンク色のソメイヨシノが鼻をくすぐる。黒っぽいボコボコした道を覆い隠すほど満開に咲くのだった。 その小道が、今、サークルで友だちに見せられた動画にうつっていたのだった。今は冬なのに、春の映像だ。ちょうど満開になる頃。思い返せば、中学受験をして合格したあと、引っ越しをしたから、地元を離れてもう3年にもなるのか。私はもう、3年もの間、この桜を見れていないのか...。 大好きな彼は、どうしてるんだろう。地元の中学に進んだ彼は、どうしてるんだろう。 会いたい。 冬が終わり、春となった。私は地元に帰ってみた。何も変わってない。匂いも風も。全部変わっていない。相変わらず、小道にはソメイヨシノが咲き誇っている。変わったのは、私だけか...。幼い頃したように、木の幹を指でなぞる。よく見ると、だいぶ木の幹が傷んでいる。私が来るまで、待ってくれていたように見える。こんなに傷んで...。私は中学受験をするべきではなかったのか。こんなにも大切なソメイヨシノを、木津つけるような真似をするべきではなかったのか。 会いたい。 背後から、春の匂いがする。振り向くと、懐かしい人がいた。大声で呼びかけてくる。久しぶり。 私も大声で答えた。久しぶり。そして、思い切り春の匂いを吸い込んで言った。 あなたのこと、大好き。

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