あなたがいいから
「ねぇ、あなたでいいから私を連れて行ってくれない?」 好きな人からの告白の返事はこれだった。 そもそも、真っ当に恋愛をして、真っ当な告白をしたわけではないので、そんな返事が来ても文句は言えないのだが、流石にそんな回答は想定外だった。 「えっと…それはどういう…」 「だから言った通りよ。あなたみたいな人でもいいから私を連れ去って欲しいの。」 「なんで?」 「…理由を言わなければいけないのかしら。」 「…具体的には何をすればいいのかな。」 「家出を手伝ってほしい、ってところかしら?」 上手くいったと言わんばかりの得意げな笑みを浮かべる。そんな些細な変化にも胸が踊るのだから、僕が彼女に逆らえないのは当たり前のことと言っていいだろう。 「家出?君がかい?」 「ストーカーでもわからない事はあるという事よ。じゃあ今日の7時、この場所で会いましょう。」 そう言って彼女は僕に背を向けた。 彼女のストーカー…曰く彼女に恋をしたのは、去年の今頃だった。 高校受験に失敗し、私立の通信制しか選択肢がなくなり、もはや居場所がなくなった僕の前に、彼女が現れた。 と言っても、僕がたまたま見かけただけである。しかし、桜並木の通学路で、羨望、野望、嫉妬、後悔。それらの淀んだ感情を全て押しのけるかのような彼女の澄んだ空気、そして、彼女の何も映さない、ただ透明な瞳に恋をした。 みたいな前置きを考えていれば、噂の彼女が約束通りの時間に来た。 制服姿かお洒落な格好しか見ていないので、ラフな格好の彼女に少しドギマギする。 「あら、待たせたかしら?」 「いや、僕もいま来たとこ。」 カップルみたいだな。デート先が家出場所でさえなければ完璧だったが。 「じゃあ行きましょう。」 そう言って彼女は僕の横に立つ。どうやら行き先は僕に丸投げらしい。 「じゃあ…海なんてどうかな?」 「デートみたいね。まぁいいわ、連れて行って。」 そうか、デートと思えば気が楽になってくる。 などと言いながら全然気は重かったが、僕が知っているとびきりの穴場についた。 「…誰もいないわね。」 「家出少女を人前に晒すわけにも行かないからね。」 「それもそうね。」 そう言いながら彼女は指を僕の手に絡めた。 「デートなんでしょう?」 いたずらっぽく笑う彼女にドキっとしながら、僕は黙って歩いた。 「これがカップル同士ならさぞ胸キュンシーンになっただろうな。」 「実際はストーカーと変人ね。何ならカップルになってもいいのだけどね。」 今日の彼女はやけに自分を安売りする。いや僕としては嬉しいのだが、なんだか違和感を感じる。 「やめとくよ。」 「告白した側がよく言うわ。」 「…なら、僕がここでキスを迫っても君は受けるのかい?」 「受けるわね。」 僕は彼女にキスをした。ふと目があっても、彼女の瞳に僕は映っていなかった。 「…次は私の行きたい場所に行ってもいいかしら?」 「構わないが、どこなんだい?」 まさか、ここまで来て家などと言わないだろうな。 「そうね…取り敢えず来て。」 まさかのサプライズか?こういう事も好きなのか。 ストーカー失格などと考えていれば、彼女は歩き出していた。 「ここよ。」 ついた場所は、花達が美しく咲いた岬だった。 「綺麗だな。」 「でしょう?行き詰まった時はここに来るの…もう来ることもないわね」 そう言うと彼女は悲しそうに目を伏せ、岬の先に立つ。 「おい、何をしているんだ。」 「本当はね、あなたじゃない人に頼むつもりだった。それこそ真っ当に私にアプローチしてくれる人とかね。…私は1人が怖いから、この世を去る時も誰かと一緒に居たいのよ。」 彼女の考えている事がわかった。だが意外と、僕は戸惑っていない。1年もストーカーしている功だろうか。 「…じゃあ、僕も一緒に連れて行ってくれないか?」 「言うと思ったわ。だからあなたにしたんだもの。」 そう言うと、彼女は諦めたように笑った。彼女としては、止めてくれたほうが嬉しかったのかもしれない。でも僕は独占欲の強くて気持ち悪いストーカーなんだからそこは諦めてほしい。 彼女と心中するほうが、僕としては都合がいいのだ。 「それにしても、あなたの名前何だったかしら?忘れてしまったわ。」 「いつも手紙の最後に書いているだろう?リョウジだよ…名前が分かっている人の方が良かったんじゃないか?」 「忘れていたのだからしょうがないでしょう?それに、あなたがいいのよ」 最後の最後にそんな事を言われたら心中なんてやめて真っ当な恋をしようだなんて言いたくなる。 でもまぁ、僕は彼女に逆らえないのだから、しょうがない。 星空の下、花達に囲まれながら僕は呟く。 「じゃあ行こうか。ミサキ。」 「そうね、リョウジ。」 彼女の瞳に僕は映っていた。 初めて書いたのが何気重くてびっくりです。