ねえ、先生
「ねえ、先生」 窓から橙色の光が差し込んでくる教室で、私は先生に声をかけた。この教室には今、私と先生しかいない。それどころか隣の教室にさえ誰もいなくて、異常なまでに静まり返っている。 心臓がドキドキ……いや、バクバクと大きな音を立てて拍動している。先生に聞こえてなかったらいいな。そんなことを思いながらも、これから言うことを先生に悟られないように、何もないかのような態度をする。 「なんだ? 無駄話をしたいんだったら課題を終わらせてからにしろよ」 「無駄話なんかじゃないよ、私にとっては大真面目。あのね、私……」 そこで、何故か言葉が詰まってしまった。嗚呼、こういうところが私の悪いところだ。けれどここまで言ってしまった以上、言わなければ。そして何より、これだけは伝えたいのだ。 「……私、先生のことが好きだよ。家族とか友達とか、そういうのじゃない、恋愛感情で」 言ってしまった、やっと言えた。そんな二つの感情が心の中を支配する。これからの関係が崩れてしまうかもしれないことに対する不安と、今まで心の奥底に無理やり沈めようとしてもどうしても出来なかった感情を解放できたことに対する歓喜が混ざり合う。でも絵の具のように汚い色になるのではなくて、水と油のように反発しているかのような、そんな感覚だ。 「私、もうすぐ卒業でしょ? 中学生になる前に、言っておきたかったの」 先生の声はまだ、聞こえない。どんな反応をされるのかが不安で、先生のことをまともに見れない。一瞬の間であるはずなのに、一秒一秒がまるで一時間の様だ。澄ました顔をしているけれど、私の吐息が震えていることに、心臓の音が変わらず鳴り響いていることに先生は気づいているのだろうか。気づいていないといいけれど。 「……俺と桜井は教師と生徒……いや、児童だ。それに、桜井が卒業したら俺との縁はぷっつりと切れる。だから――」 「分かってる。そんなこと私だって分かってるの。でも、だから……」 桜井は私の苗字。私にはちゃんと下の名前があるけれど、苗字だけでも呼んでくれるのがすごく嬉しい。他の人に言っても、分かってもらえなかったけど。でも、私だけがそう思っていればいい。ライバルは少ない方が嬉しいもの。 「私が十八歳になったら、もう一度先生に会いに来るから。その時になったら、私とのお付き合いを真面目に考えてくれるって、約束してくれる?」 一か八かの賭け。ここで先生が約束してくれなかったら、もう諦める。しつこい女は嫌われるって、漫画で読んだわ。だから先生お願い、私をスタートラインに立たせて! 「……桜井が十八歳になっても、まだ俺のことを好きだったら、な。その時まで俺はここの小学校の教師でいてやるから」 呆れたような、仕方がない、と思っているような顔で先生は頷いてくれた。嬉しい。今なら東京タワーの頂上でバレエを踊れるわ! 「ありがとう! 私、絶対先生のこと好きでいるから! その時まで誰ともお付き合いや結婚なんてしないでよね!」 今日は私の十八歳の誕生日。そして私は今、母校の小学校に来ている。そしてかつて私が六年生だった時の教室の扉をガラリ、と開ける。 黒板前の教壇には、あの日から少しだけ老けてはいるけど、記憶と違わぬ姿の先生が立っていた。目から水が流れようとするのを拭い、私は震えそうになる声で言った。 「ねえ、先生。私とお付き合いしてください!」
みんなの答え
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どきどきした…!!
続きめっちゃ気になるー!! 長い間ふたりとも約束を守ってたの凄い!!(私は先生の立場だったら絶対守れない!笑)