生まれ、生き、年老いて、どこへ?
人間は生まれた。 人間は生きた。 学生生活、恋愛、結婚、育児、家事、 人間は年老いた。 そして、人間は死んだ。 人間には、意識があった。 人間の、肉体は死んだ。 意識は、どこへ? 思考は、どこへ? 人は、どこへ? "意識は、暗闇へ。 生も、死も、愛も、ないところへ。 肉体はない。 視覚も、感覚も、ない。 ただそこに、意識があるだけ。 情報はない。 だから、考えることもない。 つまり、死とは短期間のものではなく、永遠。 永遠に続く、意識の固定こそ、永遠の死。 意識は、暗闇へ。" "意識は、廻る。 どこへ行く宛てもなく、肉体から押し出された意識。 それは捻れ、引き裂かれ、砕かれ、生者の領域にまで、飛び散る。 吸い込めば、それはその者の意識となる。 混ざり、捻られ、新たな意識ができる。 意識は廻り、巡り、辿り着くところはない。 意識は、廻る。" "意識は、消える。 あるべき肉体のない意識は、崩れ、消える。 存在を消され、行動の証のみ残る。 意識は無へと帰る。 それは人のあるべき姿。 生まれ、消える。 死してそれは遂行されるのである。 意識は、消える。" 意識は、どこへ行ったかわからない。 行く先、それは死を意味する。 死からは誰一人として戻れない。 もしもこの謎が解けたなら、人間は何処へ行く? 意識は、何処へ。 解けぬ謎こそ人を生へ向かわす。 この謎は、解いていいのだろうか。