【30min.】水上想い出タクシー
晴天の下、少年はきょろきょろと辺りを見回しながら川辺を歩いていた。運転手はそれに気付いて車を降り、川を眺めて思考している少年に近付き声を掛けた。 「迷子かい?」 運転手の声に少年は一瞬びくりとし、おどおどしながら答えた。 「川、渡りたいんです。でも、橋が見付からなくって……」 運転手は笑って言う。橋は無いと。それを聞いた少年は驚いた。 「ここには橋が作れないのさ。だから舟があるだろう? まあ、見ての通り足りないみたいだ」 これでは渡れないと少年は困った。しかしそんな少年のような者の為にこの運転手はいるようなものである。 「うちのタクシーに乗りなさい」 少年はパッと顔を上げた後、また俯いた。 「でも僕、お金があまり……」 そんな事かいと運転手は笑った。 「格安で送るさ、というか普段から格安なのさ。舟と同じ」 さ、と少年を車に乗せて、川へと突っ込んだ。少年は、まさか川を渡るとは思わなかったのだろう。声変わりのしていない悲鳴が短く響いた。 「お客さん、言ってなかったね。このタクシーは水陸両用なのさ」 「先に言って下さいよう……」 見た目より川幅が広いのか、対岸に着く気配はまだ無い。三度目の困り顔を作った少年を見て、運転手はカーナビのようなものを操作した。すると、少年の傍の窓から見える景色が変わった。まるで映像が貼り付いたかのように、川ではない景色が映った。 「えっ……」 困り顔の次に少年に多いのは驚き顔らしい。尤も、驚いたのは少年だけではない。過去の客も皆、映像に驚き釘付けになったものだ。 「少し見せてもらっても良いかい?」 はい、と少年が答える。現在映っているのは公園らしい。五歳くらいだろうか。幼い少年と、兄と思しき人物が笑い合っていた。それから度々公園での景色が映し出されていた。春の花見、夏の虫取り、秋の紅葉狩り、冬の雪遊び。暫くすれば学校と思われる建物が、一度変わりながら見えた。観ていく内に、共にいた人間は兄というより、幼馴染らしいと分かった。少年は、とっくに窓に釘付けになっている。桜が満開の頃、二人は筒を手にしていた。映像に夢中になっていた少年の瞳から、雫がぽろぽろと落ちる。正門の前で写真を撮られ、ずっと一緒と呟いた所で映像は途切れ、川が窓の外に映った。 少年は、嗚咽を漏らしながら言った。また彼に会いたかったと。次はいつ会えるか、何十年か、百年か。過ごす時間の差異を考えると、苦しくて仕方がないと。でも。 「でも、僕は待ちます。決めました」 そう言った少年の顔には、先程までの弱々しさは残っていなかった。 対岸はもう近い。運転手は純白のハンカチーフを手渡した。少年はそれで目元を拭う。ゆっくりと、車が岸に上がる。少年はポケットから硬貨を取り出した。 「なんで、糸が通っているんですかね?」 「うーん……管理とかしやすいからかな?」 成程と少年は笑った。駐車場までどうでも良い談笑をした。車が減速して、停止する。車を降りて、少年は一礼した。 「ありがとうございました」 晴れた顔のまま、少年は遠くへと歩いていった。それを見届けながら、運転手は呟いた。 「辞めたくても辞められない。お客さん達とは違うからね。まあ、辞めるつもりも無いけど。やりがいがあるから」