くらげを食べに行こう。
「ねえ、くらげ食べに行かない?」 まるで焼肉に誘うかのように彼女は言った。不登校気味で、久しぶりに来たと思えばいきなりこう言ってきたのだ。 一応聞き返す前に、頭の中で辞書をひく。 くらげ…海に生息する軟体動物、骨がない、死ぬ時は体が溶ける、透明、毒、痛い、ぷるぷる。 この程度の知識しかない私だが、間違っても人間の食べ物じゃないことくらいは分かる。いや、もしかしたら知らないだけで、どこかに食用があるのかもしれないが、食べたくない。 「…水族館にでも行くの?」 やっと絞り出した返事がこれ。一番可能性としてはなくは無いと考えたのだ。なんだその可能性。 「あはは、まさか。水族館のくらげ勝手に食べたら怒られるよ」 怒られるで済むならまだいいと思う。体と倫理と自分の将来が心配だ。 「今夜、海に行こ」 …え、まさか捕獲するとこから? 放課後、彼女に連れられ学校近くの海に向かった。 彼女は夜までは浜辺で遊ぼっか、と砂いじりを始めた。私も負けじと山を作り、それが波に崩される程潮が満ちてきた頃。 冬の海は空気が冷たかった。水温が空気に溶けてそのまま流れて来るようだ。 「くらげ、探すの?」 月の光がゆらゆらと海面に映される以外は砂と海と空の境目が分からないほど真っ暗だ。その闇から、ざああと波の音だけが無機質に海の存在を主張している。 「うん。もう見えてるよ」 「え?」 再び前に視線を送るが、くらげなんかどこにもいない。 その時、ふわっと横の空気が動き、彼女の気配が消えた気がした。彼女は、闇の海に向かって走り出した。 「えっ、ちょっと!」 ざぶざぶという音で彼女が海に入ったのがわかる。夜の、しかも冬の海に。 くらげなんかどこにもいない。死んでしまう、彼女が何を見ているのかわからず、私も意を決して飛び込む。 「ほら、あれ」 彼女が指さしたのは、 海に浮かぶ月の光。 頭の中の何かの既視感。 海に浮かぶ月を、彼女は飲み込んだ。 物理的には大量の海水が彼女の体に侵入したはずだ。 そのまま、彼女の姿は消えた。沈んだ。 思考が止まる。 死んじゃう、なんで、待って、 呼吸が浅くなる。 何で冬の海なんかに。 ふと、私は頭の中の辞書を思い出した。 … ねえ、溶けたかったの? ーend 周りの大切な人を気にかけてあげて。