探偵を辞めた男
夜中にかかってきた電話の 依頼は「行方不明の娘を 探して欲しい」という 内容だった。 俺は慣れているもので、 すぐに革靴を履いてから依頼人の 家に訪ねた。 「で、娘さんがいる場所だと 思えるようなところは?」 「……あの子が一人で家を出る ことなんて、今まで全くなくて……」 そう言いながら母親はまた 涙を流す。目の下の隈(くま) を見てもわかるように、寝ていないんだろう。 さて、娘を探す唯一の手掛かりといえば、 この手袋だ。 それは肖像画に描かれた彼女がつけている 手袋と同じものだろう。 だが、綺麗な手袋のはずがやけに 煙草の匂いがする。 この館に喫煙者がいるのだろうか。 「この館の関係者の写真など、見させてもらって よろしいですか」 そう言うと、分厚く、埃をかぶった 本が出された。 ページをめくると、歴代の 執事の顔写真が貼ってある。 俺はその中の一人の執事が気になり、 母親に問いかけた。 「この執事は煙草を吸っていましたか?」 「……はい」 「では、その執事は今どこに?」 「先月、出て行きました」 「そうですか」 まだ絵の具が乾き切っていない、 娘の肖像画は最近描かれたもの。 とすれば、その執事が吸っていた 煙草ということはないだろう。 「他に喫煙者はいましたか?」 「いいえ」 じゃあ、誰かがこの館に入ってきたか。 だが、そんなに簡単に入れる 館ではない。 俺は肖像画と執事の写真を 交互に見て、じっくりと考えた。 宝石が埋め込まれたネックレス、 上品な手袋、模様の一つまで繊細に 縫われたドレス。 そうか……! 俺は部屋を抜け出して、 階段を登った。 犯人と娘は、この館にいる。 出入りのできない館の中で 唯一警備がされていない場所。 そう、屋上だ。 屋上につながる扉を開けると、 強く吹く風の中、 彼女たちはいた。 「誰かいるんですか!?」 扉の前で母親が言う。 俺は屋上から扉を閉じて、 「いえ、誰も」 と返事をした。 邪魔されてはいけないからだ。 「……あなたには、何もわからないわよ」 娘は青い瞳でこちらを睨みながら 話した。 「いえ、わかっていますよ。」 二人はその言葉に息を止めた。 続けて、俺は口を開く。 「お嬢さん、その手袋は元々あなたの ものではなかったはずです。手袋に移った タバコの臭い、そして人差し指の第二関節、 同様に中指だけが薄く汚れた跡。 それはあなたの執事、1ヶ月前に出て行った はずの彼のものですよね」 「私は……私は彼を…!」 「愛していた。わかっていますよ。 その愛する彼を自分のクローゼットに 隠した。だけどその少しの間にも離れるのが 寂しくて、あなたは彼の手袋を使った。 皮肉にも、それがあなたを 見つける手掛かりとなった…… あってますか?執事さん」 「……はい。」 そう言う彼を見つめる娘の 大きな瞳からは、今にも涙がこぼれ落ち そうだった。 「そして二人で逃げようと言うわけですね。 それももう無駄ですよ。俺たちがあなた方を……」 「いいえ。私たちは逃げたりなんかしない。 できないんだもの。 だから私は、彼を選んだの」 彼女は何かを悟ったように そう言った。 その言葉に、俺は全身に鳥肌が立った。 「まさか……!」 彼女たちが一歩前へ進む。 動け、動かなければ。 もう少しで…… 「さよなら、探偵さん。」 そう言うと、彼女たちは 夜の暗闇に溶けて行った。 あの日、俺は探偵を辞めた。 【END】