優しいお日様
私を演じる矢崎花と君を演じる安田優。 出会いは高校一年生の春だった。 「初めまして。安田優って言います。今日から学校のプリントとか持ってくる係です」 礼儀正しくも愛嬌のある話し方だった。 関西のほうの訛りが所々入っている男の子。私は喘息が酷くて幼い頃から何度も入退院を繰り返している。高校は五月ぐらいには行けるだろうか。 「何の病気なん?」 「大したことないんだけど、喘息」 「大変やろ。知り合いにもおってん。花ちゃんみたいに入院はしてへんかったけどな。あ、図々しいかな。いきなりちゃん付けとか」 人との距離感分からんってよく言われるんだよねぇと頭を掻いていた。 「ちゃん付けでもいいよ。好きに呼んで」 「ほんまに?じゃ、花ちゃん」 口を大きく綺麗な半月の形にして笑った。 「私は優くんでいい?」 「うん。よろしくな」 目の前に出された大きな手。私は自分の小さな手を出して握手を交わした。 このとき私のちっぽけな胸が少し高鳴っているのを感じていた。 「花ちゃん!」 笑顔でいつも病室に入ってきてくれる彼。彼から学校の話の話を聞くのはとても楽しかった。 「桜綺麗」 「でしょ?いつもこの病室でお花見してるの」 「一人で?」 「うん」 「今年からは二人やな。俺と花ちゃん」 「そうだね」 優くんが窓を開けるとひらりと蝶のように桜の花びらが私のベッドにやってきた。今日の天気は快晴。お日様の優しい香りも窓から通り抜けて私の鼻腔を擽る。 「優くんは部活してるの?」 「軽音楽部」 「楽器弾けるの?」 「ドラムとギターとピアノ。色々出来ちゃうんやで。今度ギター持ってきて弾いてあげるわ」 約束、と小指を出して私を見つめる。私は彼の小指と自分の小指を絡めて、約束、と呟いた。 彼は満足そうにくしゃりと一つ笑顔を見せる。この笑顔が好きだなぁなんて思っていたら、楽しい時間はあっという間で面会時間は終わりに近付いていた。 「また明日」 彼は元気な声で部屋を後にした。 開けた窓から私は顔を覗かせて桜の木の下を歩く彼の姿を見ていた。 空は少し黒い青い空。彼にはたくさんの空の中でも嘘みたいに青い空が一番似合うと思った。 「いやぁ、暑いね」 私は五月に退院出来なかった。そのまま季節は夏に移り変わり、外の蝉のうるさい声をまた病室で聞かなければいけない。でも、優くんと一緒ならそれも苦ではなかった。 「アイス食べる?」 そう私が言うと、目を輝かせて優くんは頷いた。私は気を利かせて売店でアイスを買っておいたのだ。チョコアイスとイチゴアイス。どちらも私の好きな味だ。 「どっち食べる?」 「俺イチゴ貰っていい?」 「どうぞ」 誰かとアイスを食べるのは久しぶりで嬉しかった。それも好きな男の子と一緒だから尚更だ。 「土曜日に来るの珍しいね」 「ギターの練習あったんよ。そういえば約束してたよな。何聞きたい?」 彼はギターケースからアコースティックギターを取り出す。 「おまかせで」 すると私の知らない曲を弾き始めた。 そして柔らかな声で歌い上げる。 二分程の曲が終わると私に笑顔を見せた。彼の顔はいわゆる塩顔ですっとしているが、笑うと可愛らしく目の横に皺が入るから愛おしく思う。 「花ちゃんの歌」 「私の?」 「そう。デビューしたらこの歌CDにして皆にお披露目するって決めてるんよ。それまでは花ちゃんだけしか知らない曲やねん」 「CDの名前は決まってるの?」 「そうやなぁ。…You're the oneとか?ちょっとキモいかな」 頭を掻きながら苦笑して視線を逸らした。 「どういう意味?」 「Google先生に聞いてみ」 私は言われた通り、調べてみると一番上に「お前しかいない」と出てきた。 「これって恋愛的にとらえて?」 「あぁ!腹括るわ!!」 優くんは思い切り椅子から立って深呼吸をした。 「一目惚れしました!花ちゃんが好きです。俺と付き合ってください!!」 病室の外にも響き渡るくらいの声量で告白された。人生で初めての告白だ。 「会える時間も決まってるし迷惑かけると思う」 「そんなんどうでもええねん!俺が会いに来ればいいだけや!本当にめっちゃ好きやねん!」 耳を真っ赤にしながらそう言ってくれることが私は嬉しかった。 「私も好き」 「まじで?」 私は頷く。優くんは私が好きな笑顔になって、私を抱き締めた。そのときお日様の優しい香りがした。あの春、窓から風に乗ってした香りは優くんのものだったのだ。 「面会時間もうなっちゃうな」 「明日も来るから待ってて」 私の頭を撫でてはにかんだ。私も釣られてはにかむ。彼が病室から出たあと、私は窓を開けて彼の姿を見送る。それがルーティンになっていた。時刻は午後五時。だけど空はまだ明るい。 「今日の夜もあなたのように優しくありますように」 私はそっと呟いた。