昨夜のカレー、明日のパン
「ほう、笑いましたか」 「間違いなく、笑いました」 「笑えるようになりましたか」 「ひょっとすると、アレかな?うん、アレのおかげだな。ムムムが笑えたのは」 ギフの言う「アレ」がどれなのか、テツコには、さっぱりわからなかったが、ギフは、一人で納得している。 「アレって何なんです?」 「言葉をあげたっていうか」 「何なんです、それ」 「人って、言葉が欲しい時あるだろう?」 「ないですよ、そんなもん」 「あるんだって、そういう時が」 「言葉をですか?」 「まぁ、呪文みたいなものかな」 「どんな言葉をあげたンですか?」 「そりゃあ、秘密。人に言うと、効き目がなくなるから。私があげたのは、ムムムにだけ効くスペシャルだし」 「私にもスペシャル下さいよ。私だけの言葉を」 「ダメダメ」 「何でですか?」 「だってテツコさん、そういうの、信じてないでしょうが」 「そうか、あのムムムがねぇ、笑いましたか。そうですか」 「っとなると、ムムムって名前、変えてあげなきゃ、ダメですね」 「本名は小田でしょう」 「何て呼びますか?」 「それじゃあ、フツーの人みたいじゃないですか」 「うん、まぁ、つまりフツーの人になっちゃったってことだよ」 「それはちょっと残念」 「アンタはね、来た時からオヨメチャンって呼ばれてるな」 「オヨメチャンですか?」 「イヤかい?」 「だって、二十だし」 「テツコさん、嫁だったンだね」 「で、どう思う?」 「だって、しょうがないじゃない。話の途中で、席、移るんだもの」 「だから、そろそろ結婚しようかって、そういう話だよ」 「だから、つまり、結婚のことだよ」 「ひょんなふぉと、きゅうにひゅわれてもさぁ」 「え?」 「だから、そんなこと、急に言われてもさ」 「急って言うけど、いつ言えば急じゃないのさ」 「だって、結婚したら岩井テツコだよ。イヤだよ、そんな固そうな名前」 「うん、見えた」 「了解しました。ボクが悪かった」 「そうなんだよ。こんなところでする話じゃなかったんだよ。それで怒ってるンでしょう?やっぱりそれなりの設定がいるんだよね。女の子は特に、そういうの、こだわるんでしょう?」 「そーゆーのって、どーゆーの?」 「わかってるって。こだわってるからすねてるんじゃない。わかった。わかった。ちゃんとするから。感じのいい店とか、ブランドの指輪とか」 「この話は、また改めて席をもうけてするということで、悪かったね。そうだよね、デリカシーがなかったかもね」 「じゃあ、この話は聞かなかったってことでよろしく」 「ヘンだよ、死んだ夫の父親と二人で暮らしてるなんて、人にヘンって思われるって」 「誰もそんなこと思わないと思うよ」 「あまいな。昔、心の中でそう思ってるもんなんだって」 「テツコさん!」 「何飲んでるンですか?」 「よっこらしょ」 「イヤだな寺山さん、年寄りみたい」 「あれ、雨、降るんですか?」 「いや、今朝、降ると言いましたからね」大丈夫。もう、今日は降らないよ」 「やっぱり言葉って効くもんなんですね」 「その人は、きっと何かにとらわれて、身動きできなかったんですよ。それが、その言葉で解放されたんじゃないですかねぇ」 「何かにとらわれるって、何にですか? 「うーん、よくニュースとかでやってるだろう?家族の中の誰かが誰かを刺してしまうとか、勤務先で部下が上司を殺してしまったとか。でも、そこまでゆくのに、けっこういろいろあるんじゃないかなぁ」