雨影
雨が嫌いだった。 人を不幸にして、ジメジメして、 私みたいだから。 私の名前は雨だ。 私が赤ちゃんの時に死んでしまった 父がつけた名前だった。 「……雨、無理しなくていいからね」 そう言う母に私は 「大丈夫だよ」 と言って、傘を持ってドアを開けた。 すると目の前には黒い影がいた。 傘を持った形の影は私と 一緒に学校に行こうとするような 動きをしたけど、 私は知らないふりして傘を開いた。 「あれっ……」 しまった、傘が壊れていた。 それに気づいたのか、 影の人は影の傘の中に私を入れた。 道を歩く周りの人たちは 影が見えていないらしくて、 傘をささずに歩いているのに濡れない 私をジロジロと見ていた。 私は時々影をちらちらと見たけど、 影は私の方は見ずに、 ただただ前を見て歩いていた。 学校に着くと、いつのまにか影が 消えていることに気づく。 そして次の日も、 そのまた次の日も、 雨の日にだけ影は私と一緒に歩く。 影と歩くと、私の心の中にある 学校への不安は、 自然と消えていくのだった。 梅雨の季節の6月も、もうすぐ終わる。 いつもの朝のことだった。 いつものようになにも喋らない 影に、私は言葉をかけた。 「お父さん」 影の足がぴたりと止まった。 そして、傘を持っていた手が だんだんと人の肌に変わっていく。 「ずっと知ってたよ。 お父さんだったんだよね、 私を雨から守ってくれてたのは」 お父さんの顔は傘に隠れて見えなかった。 だけどその傘の向こうから 「……雨」 と低く優しい声が聞こえてきた。 私はきっと届くことのない、 傘の向こうのお父さんに 話しかけた。 「お父さん、もう私のこと 守ってくれなくていいのよ」 「……」 「私、雨が好きになったから」 そう言うと、傘の下から 口元だけ見える顔は、 にっこりと優しく笑って、 いつものように消えていってしまった。 きっと、もう会うことはない。 私、もう嫌いにならないから。 雨のことも、 “雨”のことも。 【end】