亡き者たちの行く末に
「死んだ人たちはどこへ行くの?」 と、まだ幼い5歳のいとこに聞かれた。 私は、中学二年生の 山鹿 乃緩 (やまじか のゆる) 母方のひいばあちゃんのお葬式の日、私はその質問に答えることができなかった。 不思議だ。死んだ人は土に埋めるのに、皆、死んだ人は天国へ行くと言う。 私たちより下にいるのに、上にいくなんて、不思議だ。 お葬式の帰りの車で、 私は亡くなった人たちは、土の下に世界を作っていて、そこで暮らしているといいなぁと、 幸せにこちらを見上げているといいなぁと漠然と思った。 そっちの方が、私は信じられる気がしたから。 私も行ってみたいなぁと思った。 楽しいけれどどこか物足りない、こんな世界を抜け出して、、。 その日は、親戚みんなで集まっての食事だった。 どれも豪華で、彩りが良く、美味しそうなものだった。 大人たちはお酒がはいっていて、気分が良さそうだった。 バカみたいな大きな声で笑いあって、仕事の話をしていた。 人が、、、、、、死んだというのに。 親戚の子供が座っているテーブル(私も含めて)には、母のお姉さんの子供の優希くん(5歳)と、双子の水連ちゃん、 母のお兄さんの子供の、祐也にいちゃん(15歳)と、春海さん(18)の5人がいた。 みんな、ひいばあちゃんのことを思い出していた。 優しくて、物知りで、明るいばあちゃんは、小さい頃から私たちの見方だった。 でも、それをよく思わないのが大人たちだった。 ひいばあちゃんは多くの土地や山を所有していた。ひいおじいちゃんから相続したものだった。 それを自分たちに相続させる気がないと知ったお母さんたち三人は、ひいばあちゃんをことごとく嫌った。 私たちがひいばあちゃんと仲良くするのを、いいふうに思わなかった。 いつも冷たい目でひいばあちゃんをみていた。 ばあちゃん、、 私も、土の世界に行きたいな 五人で、ばあちゃんともう一度遊びたいなぁ 話がしたいなぁ 手の届かない空の上より、 私たちに近い土の下に居てほしい。 会いたいなぁ あの日から、もう幾年たっただろう? 私、山鹿乃緩は、今年で95歳を迎える。 医者には、もう長くないと伝えられた。 ふと、窓の外を見た。病院の中庭が見える。 その日だまりの中で、もう死んでしまったはずの従兄弟たちが手を振っていた。 病室を出て、中庭まで行った。 まだ、そこにいた。 いっしょに行こうと言っていた。 私は、ゆっくり首を振った。 まだ行けない。 まだ死ねない。 振り返ると、病院のロビーに、孫たちの顔が見えた。 ひいばあちゃんや従兄弟の待つ世界には、後で行くから。 土のしたにある、幸せな世界には、後で行くから、 だから、もう少し待ってて。 私に気づいた孫たちは、笑顔でこちらにやってくる。 私は春の日溜まりの中で久々に、 笑った。
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すごすぎ!
キュアフレンディです! 感動です! すごすぎます!
感動!
おはにちばんわ!虹色花火だよ! 本題 とても感動しました!ありがとうございました!
感動した…!
こんにちは!皐月です(。・ω・。) *+.*+.本題.+*.+* 感動した…! また、朱色の花子さんの小説読みたい。´ω` *+.*+.終了.+*.+*