ものわすれ
「そんなこと言ったっけ?」 ほら、またこれだ。 都合の悪いことはすぐに忘れて、都合のいいことだけ良いように覚えてる。本当に気に食わない。 「今日、二人で遊ぶって言ったじゃん。」 「ごめんごめん、忘れてた。」 「約束したの一昨日だよね?ほんとは行きたくないだけじゃないの?」 意地悪な気持ちでそういった。 「そうは言ってないじゃん。」 言ったとしてもどうせ忘れるもんね。 「まじでごめん。今度埋め合わせするから。」 その言葉もどうせ忘れる。 そうやって傷つくくらいなら。 「どうせ忘れるもんね。守れない約束なら、最初からしないでよ!」 そう言って電話を切った。 恋人の岬はいつもこうだ。自分から約束しておいて、すぐに忘れる。 自分の都合ばっかりで、私が楽しみにしていたデートも、岬が忘れて新しい予定をつくったからできなくなった。 本当は私のことなんか1ミリも気にしていないんじゃないかなって、日に日に不安が膨れ上がってくる。 「私さ、余命半年なんだって。」 今日、岬がそんなことを口にした。 「…は?」 「だからさ、これからはお互いのことを思ってさ…」 「いやいや、聞いてないよ、そんなこと。この前の健康診断、大丈夫だったって言ってたよね?」 「…そんなこと言ったっけ?」 「今はそんな言葉聞きたくない。」 そう言って、私は泣き崩れた。5分ほど、岬は私を放っておいてくれた。 「…あのさ、これからは本当に、葵の時間を大切にしてほしいんだ。だからさ…」 それから岬は少し口をつぐんで 「別れよっか」 そう口にした。 「…は?」 しばらく、沈黙が流れた。 いやいや、何言ってんの岬。それは流石にこっちのこと無視し過ぎじゃない? 「ごめん。急だけどさ、やっぱり終わりの見えてることに半年も無駄にしてほしくない。…葵には葵の時間があると思う。」 「…分かった。ばいばい。もう終わりだね。」 そう言って私はその場を立ち去ろうとした。 「私のことはさ、忘れてね。」 私の動きが一瞬止まった。そして嫌味たっぷりの笑みを浮かべて振り向いた。 「…言われなくても。」 踵を返してその場を立ち去った。岬の顔が、一瞬見えた気がした。 帰り道は、岬のことだけ考えていた。いくら頭から振り払おうとしても、街頭、電線、花の匂い、散歩中の犬、どれを見ても岬を思い出した。 そんな簡単に忘れられるわけないよね。岬じゃないんだからさ。 そういえば、岬は私のことを忘れられるのかな。そもそも岬って、約束事とか記念日は忘れるけど、私を忘れたことあったのかな。 そう考えていたら、体は勝手に動いていた。 岬はまだそこにいた。 「…ねえ、岬はさ。」 驚いた顔でこちらをみる岬を無視して続けた。 「私のこと、忘れられる?」 岬の顔が歪んで、頬には涙がつたっていた。 「忘れられないし忘れたくない!」 「…私もだよ。」 いつの間にか、二人して涙を流していた。 「…ねえ、私さ、終わりが見えてたっていいよ。だからさ…」 少しためらいながら私は言った。 「別れるの…やめない?」 岬は驚いた顔をしたあと、笑いながら言った。 「そんなこと言ったっけ?」