嘘の愛と本気になっちゃった愛。
朝日の入る部屋に、一人の女性が立っていた。 女性の名前は谷澤知穂(たにざわちほ)。 メイクも服装もバッチリ、髪も大丈夫。 「行ってきまぁす」 一人暮らしのマンションの中に、声が響いた。 かつかつとヒールを響かせ、歩いてスーパーに入る。 スーパーの業務員用の部屋に行くと、 「おっはよー。てか、今日も決まってるじゃん」 同僚の千夏(ちなつ)がいた。 「別に待ってなくていいのに。見つかったらどうするの?」 「大丈夫だって。ほら行こ」 千夏は少々ざっくりしている性格である。 掃除用具入れの前に立った。 本来掃除用具が入れてあるのだが、中は… 「ちょっとコピー2はどこ?」「知らねー」「誰か赤ペンかしてよ」 和気あいあいとした職場が広がっていた。 ここは、秘密の職場だ。 「千夏、まずはボスのところに行こーか」 更に奥に進み、暗証番号を入力。ドアを開けた。 「おはようございます」 「おはよう」 中にはおじいさんがいて、忙しくパソコンのキーボードをカチャカチャ打っていた。 「今日は君たちの任務日か。今日は知穂に連絡がある」 「なんでしょう」 ここは、秘密で世界をよくする仕事、すなわちスパイの職場なのだ。 「今日からある男性と恋人になり、男性の親に接近して親の会社の内情をしるように」 「…はぁ??」 勝手にも程がある。 「いろいろ考えてモテやすそうなのはキミなんだよ」 「…御意」 「よろしい、下がってくれ。今日はショッピングモールキムラで買い物だ、行ってくれ」 ドアを閉め、千夏を見るが、 「しーらない。頑張れ頑張れっ」 千夏は座って、パソコンに向かった。 「はぁ。なんでこうなっちゃうんだー…」 知穂はため息をついた。 机には「一時にショッピングモールキムラで買い物」と書かれたメモと、洒落た服が置いてあった。 「あーあ。」 ・・・・・ 「こんにちは!」 できるだけの笑顔をして近づいた。 「キミが知穂さん!今日からよろしくお願いします!」 キラキラした笑顔の男性がいた。 「あなたが田村健さんですね!」 「そうです。あなたは知穂さんですよね」 「そうですよ。いきましょうか」 まぁ、順調だ。ボスからは”こちらが連絡し、同級生という設定で告白した”と言われた。 お金はボスからもらったし、悪い仕事ではないが… 好きでもない人とデートの真似事はキツイものである。 そのあとは買い物をし、ソフトクリームを食べた。 「そろそろ夕方ですし、帰りましょうか」 早く別れたい知穂は話を切り出した。 「えぇ、もうですか。楽しかったです」 「こちらこそ」 頭をさげ、上げると、 ちゅっ 「!?」 「君は綺麗だなぁ。それじゃあ」 田中さんは帰っていった。 いきなりキスかよ、と顔を真っ赤にして見送った知穂だった。 ・・・・・ そのあと何回かデートをくりかえし、親の会社のデータを集めた。 散々キスをされ、ハグされたが、なぜか嫌ではなかった。 心地いいと思ってしまう。 「そろそろ情報がたくさん手に入った。感謝する」 「ええ」 「別れを切り出すことも可能だ」 「え」 知穂は一瞬良いですと言おうとした。でも目を伏せ、 「いえ、大丈夫です」 と言った。 だが、 「こちらとしては別れてもらうと嬉しいんだが。情報が漏れる」 「…」 胸の中が嫌だと言っていた。 仕事のため、やむを得ないけど…嫌だ、別れたくない。 それがたとえ、仕事のための恋愛だとしても。 「なら、」 「なんだ」 「なら辞めます。恋愛のためにやめますっ」 部屋を出て職場を走った。荷物をもって職場をでて、走った。 せっかくの仕事は失ったけど、胸の中はスッキリとしていた。