番犬
「コタロー、愛してるよ」 そう言ってくれる、最愛の恋人の‘レイコ’は、歌舞伎町に君臨する唯一の女王だった。 俺は、組長の子息としてこの世に産まれてきてから、20年以上も錆びた鎖に縛られ続けていた。 数年前、歌舞伎町を練り歩き、艶やかな紅い口から発せられる言葉からのらりくらりと躱していた日。 ただ、一人の女性とすれ違っただけなのに、あんまりにも美しい香りがして咄嗟に振り返り、彼女に声をかけた。 すると彼女は、哀しそうに喜んでこう問いかけた。 「私、綺麗?」 マスクを外した彼女はこの世のものとは思えないほど綺麗で、思わず口が先に言葉をこぼしてしまった。 その日、俺とレイコは全てを解り合えた。 自分のことを話す事は殆どなかった。 それなのに、彼女以外に自分の味方は居ない、 二人だけが、お互いの理解者にしかなれないように造られた、 そんな世界だと確信した。 24歳の誕生日、俺はレイコと結婚した。 指輪を贈り、入籍届を出す。 見惚れるような彼女の指にあるだけで、ダイヤも真珠もついていないただの銀色だった指輪は、どんな宝石よりも美しかった。 きっと自分達の式は、結婚式場よりも葬式場の方が似合っていると思った。 ずっと、家に縛られていた自分を棺に押し込み、その上に立って永遠の愛を誓う。 「一緒のお墓には入らない、コタローが入ってきたらアタシずっと墓地にいる事になっちゃう。」 そう言って彼女はわらった。 桜の木の近くに埋まることを提案したら、もっとわらって 「うん、それが良い。それだったらアタシの墓に入ってくれても良いよ、二人だけのお花見ができるから。」 と目を閉じて抱き寄せてきた。 「あ、でもアタシが先に死んじゃう事になってるから良くないかな。コタローはうさぎさんだからね。」 狼でも虎でもなく、うさぎ。 そんな何気なく彼女の紅い唇から放たれた言葉で、目から涙が生まれた。 「泣き虫だね、コタローは。」 次の日の朝、いつも通りに固い施錠がされていたはずの“家の自分の部屋”のドアが開いていた。 開けるとそこには、大きな大きな人が一人入ってしまえそうなプレゼントボックスがあった。 「虎太郎、24歳の贈り物」 とだけ書かれたカードが貼り付けられており、気味の悪さを感じた。 誕生日プレゼントなんて、この家で貰ったことが一切ないのに。 そう思って、箱を注視してみると、下部に赤いシミができているのを見つけた。 嫌な匂いもする、そう、路地裏よりももっとキツく残酷な匂い。 “人一人入ってしまえそうな” まさか、と思って焦って箱を開く。 その中を見た瞬間から、俺の記憶はない。 ▫︎▫︎▫︎ 気がつけば、静かなレイコを抱きしめたまま橋の下で、向こうでは雨が滴を打ち付けていた。 れいこ、れいこ、 声の一音でも出すのが難しい。 それでも必死に名前を呼ぶ。 あれ、レイコって、こんなに赤かったか。 前は、もっと、綺麗で、白く美しかった。 真っ白な陶器の肌に、映える紅の口紅と、真紅の瞳だったはず。 れいこ、 息をしてない、心臓が動いてない、身体が冷たい、 俺の言葉に耳を傾けてくれない、一緒にいるのに笑顔を見せてくれない。 あ、そっか。 レイコは、タヒんだのか。 脳では理解していたことが、心に到達して途端に吐瀉物と涙が一度に出てしまった。 嗚咽をしながらも、頭の中だけはぐるぐると回って止まってくれない。 なんで、なんで、あの箱、レイコは、ころされた? だれ、組のひと、組員、おやじ、あ。 見たことある、あの字、カードの字、親父の。 許さない、許せない、何もかも奪われて、もう散々だ。 今度は俺がお前から奪う番だ。 全て奪って、奪い尽くして、復讐する。 ___ああ、でもその前に、桜の木に墓を立てよう。二人だけの。