学校に行けないのは甘えでしょうか?
こんにちは、私は今中学一年生なのですが学校に行けていません。 実は小学生の時も不登校でその名残でなのかは分かりませんが学校に行こうとするとどうしても体に不調が起こります。親にその事を話して、休んでもいいかなとたずねるとそんなのは甘えだと言われ休むたびに怒られます。 別に怒られるのは日常茶飯事なのであぁ私今怒られているんだと思うだけでもう悲しいとは思わないのですが学校に行けないのは甘えだと言われるのはとても悲しく感じます。私なりにインターネットで調べても甘えだとか甘えではありませんと色々なことが書いてあり自分でも私のやっていることは甘えなのか甘えじゃないのか分からなくなってきました。 学校に行けないのは甘えなのでしょうか? (長くて申し訳ないです。もしよければ答えてくれると嬉しいです。)
いろんな相談先があります
子供のSOSの相談窓口
チャイルドライン[特定非営利活動法人
チャイルドライン支援センター]
みんなの答え
※きびしいコメントを見たくない人は
「見ない」をおすと表示されなくなるよ!
全然甘えじゃない
最初に言いますが、不登校は悪いことではありません。そしてあなたも悪くないです。 不登校が甘えって言ってるのは、基本的に古い価値観を持った人々で、今の人は不登校は悪くないと考えています。あなたが持っているのは、学校に行く「権利」で、「義務」ではありません。 体に不調が出てくるのは、あなたが学校を嫌がっていることを示していて、仕方のないことです。全然甘えじゃないので行きたくないと思うなら行かないほうがいいと思いますよ!
どちらでもいいのでは
きっと、あなたが求めているのは「甘えじゃないよ」という言葉なんだろうけれど…。 甘えが甘えじゃないかなんて考えても、あまり意味はない気がしますね。 甘えじゃないよと言われたところで、現実が優しくて甘いものに変わるわけじゃないし、 かといって甘えだと厳しく言われたところで行けるようになるわけでもないし。 だから「私は甘えてなんかないやい!」と思うならそれでもいいし、自分の甘えている部分に心当たりがあるならそれでもいいと思います。 どちらにしても大した違いではないですし。 (甘えだと言われたら学校に行けるとか、 その逆で甘えじゃないよと言われたら学校に行けるようになるなら、話は別ですけどね。) どちらでも大差ないことをごちゃごちゃ考えるよりは、今後どう生きるかを考えて、今できることを確実にやっていくほうが建設的な気がしますね。