恒例!みんなが知ってるこわ~い話((( ;゚Д゚)大募集!
みんなが大すきなこわ~い話、3年ぶりに大募集!
真夜中の教室から声が聞こえてくる・・・みんなの学校に伝わる七不思議。
こっくりさん・キューピッドさん・・・みんながうわさしているこわ~い遊び。
こんな心霊(しんれい)写真を見た・・・みんなが体験したこわ~い話やふしぎな話 などなど。。
みんなが知っているこわ~い話を教えてね~!
紹介された投稿からひよりんのお気に入りの話は、公式YouTubeの動画で紹介予定だよ!
※こわい話の小説としての投稿は、この相談の回答としては公開しません。小説は「短編小説」カテゴリーに投稿してください。
みんなの答え
※きびしいコメントを見たくない人は
「見ない」をおすと表示されなくなるよ!
あらそわないで
山小屋に行ったとかに、ライトもつけないで「あらそわないでー」とか、一人で歌ってる女の人がいた!姿は見てない…。怖ーwww
怖い話2
どもども〜♪怖い話をしたくて、またまたきちゃいました。 (怖い話ならいつまでも語れるw)ってことで3回目です。じゃ本題! これも本で読んだお話です。ある小学校が夏に林間学校へ行きました。 仲の良いAさんとBさんは一緒に写真を撮りました。学校に戻ってから 写真を確認すると、Aさんの肩に女の人の霊が写り込んでいました。 夏休みが終わって修行式の後、みんなで夏休みの思い出を語りました。 Aさんは夏休みの間に別人のようになっていました。一番変わっていたのは顔つきでした。Bさんは、この顔どこかでみたような…そう思いました。そして記念写真が配られると、Bさんははっ∑(゚Д゚)としました。 Aさんの顔が写真の女の人にそっくりだったのです。その日の夜、 Aさんは亡くなってしまいました。まるで写真の人に体を乗っ取られたかのように。
本当にあったこと
ある曰、仲のいい友だちと、私の家で遊んでいました。そしたら、急にゆうれいの話になって、怖いねー!とか話してたら、Mちゃんが、ゆうれいのまねをしてたので、写真撮ろー!って思ってスマホで撮ったんです。そしたら、Mちゃんしか写してないはずなのに、知らない人の顔の3分の1ぐらいが写っていたんです。Mちゃん以外は私の後ろや横にいたので写りません。私かな?とも思ったんですけど、顔のりんかくや、髪型もまったくちがったので、ー瞬で空気が冷たくなりました。 その後、だれの顔か調べるために、1人ずつ顔の3分の1の写真を撮っていきました。 すると、衝撃的なことが!! 私の写真には、うさぎのぬいぐるみ、Aちゃんの写真にはうさぎのティッシュ、Sちゃんの写真には、4:44:44の時計と、うさぎのキーホルダー。 全員ちがう場所、ちがうスマホで撮ったのに、必ずうさぎが写っていたんです! 私たちは「ゾッ」としました。 するとAちゃんが、「もしかしたら、うさぎがゆうれいに化けて、写ったんじゃない?」 すると!!私のかたに、冷たいなにかが…… 終わり
深夜の学校
これは、中学校の先生が夜中12時に体験した,,お話しだそうです この日は 学校の職員室で作業をしていたそうですが,, 自分の担当の一年の教室に忘れ物をしたそうです。 取りに行こうと思い 一年校舎まできて戻ろうとしたら 「チリリリリリ チリリリリリ」 とストップオッチがなったそうです 普通はびっくりして疑問に思わないでしょうが,, うちの学校のストップオッチは最高3時間しか付かないのです。 そして教師は教室の鍵は6時まで返すルールーがあるので 生徒のいたずらでもないし, 先生でもない じゃあ 誰? 後から聞いた話ですが うちの学校戦争時代銃や鉄を作っていたそうです もしかしたら あなたの 学校にも,,
教室の前のひと
ある日、近くの男の子が、 ドアの向こうになんかいる! といいました。 ふとみるとたしかに影が動いていました。 しかし、友達は、 どこ?見えないけど。 どうやら他にも見えないひとがたくさん。そのときは先生がいて、たまたま、ですみました。 しかし、それは一週間に一度、必ずやって来ます。次第にクラスは恐怖をかんじ始めました。 そして普段だれもいない、屋上への階段。見える範囲に黒い影がいました。今考えると、影しかなかったし、本当に真っ黒なので、人ではなかった。でもそれ以来現れていない。それからわたしは見えるがわになりましたが、見えた→ばれる→殺されるらしいので、本当に、きずかれなくてよかった。それから神社にいくと、もう見えなくなりましたとさ。 ちなガチ話。御守りももらったよ。だから大丈夫。
お盆の夜に
怖い話というか不思議な話なんですけど お盆の夜、外に出ると沢山雲がありました。形は全て人型でした。耳も髪も首もしっかりあって少し不気味でしたが、やっぱお盆なんだと思いました。
兄の遺品
私には7歳年の離れた兄がいました。私は今中学生で、年の離れた兄は、すでに社会人になっています。兄はちょっとヤンチャで、自分で働いて買ったバイクや車を乗り回し、仲間内でもリーダー格で、その姿は私にとって、憧れの存在でもありました。そんな兄がある日突然、自ら命を絶ってしまったのです。母の話では、友人と遊びに行き、帰ってきてから急に人が変わってしまったそうで、それから2ヶ月もしないうちに、自分の部屋で首を吊った兄は、帰らぬ人となりました。私は、兄の死を上手く受け入れることができず、むしろ自ら命を絶った兄に対して、何か恨みにも似た感情を抱いていました。そのためか、家族の中でも、特に私がいる時は、兄の話題はある種タブーのようになっていました。それから私は、兄の死にあらためて向き合ってみる決心をしました。その一環として、私が帰省した時に、それまであえて見ようとしてこなかった兄の遺品を、一度しっかり見ておこうという気持ちになったのです。遺品と言っても、父と母がどうしても処分しきれなかった兄のガラクタを、ダンボール箱に入れておいただけのものです。悲しくもあり、色々な思いがあります。
先生から聞いた話
・誰もいない放送室から、夜に物音が…。 ・修学旅行の時、誰もいない部屋(予備の部屋?)から、 誰かの声が… (その先生は、この後、一緒に来ていた引率の先生と一緒に寝たそうです…笑) シンプルですが、先生が本気で恐怖を感じるレベル…。 怖いですね…。 あなたも、聞くかもしれません。悲鳴を…。 キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ あ、これは私の悲鳴でしたね…笑 では!
人の執念
その日は部活が長引き、帰宅がいつもより遅く、辺りはすっかり暗くなっていました。自宅マンション手前の踏切が開くのを、自転車に乗って待っていたのですが、なかなか遮断器が上がりません。しばらくすると、線路内の敷石の上をザクザクと走りながら、何やら大声で叫ぶ男性の声が聞こえてきました。締まりっぱなしの遮断器の両サイドには、次第に大勢の人が集まってきて、心配そうに線路の中を覗いたり、口々に何かを話したりしています。聞き耳を立てると、どうやら誰かが線路内に入り、電車に轢かれたらしいのです。私の家はこの踏切を渡ってすぐの、線路に隣接するマンションで、その踏切から見える位置にあります。あと一歩のところで長時間待たされた私は、喉の渇きと空腹も手伝い、少しイラッとしてきて、いつ開くかわからない踏切待つより、グルッと回って別の踏切を渡って、遠回りして家に帰ることを選びました。人の執念は怖いものです。。
同窓会の後に
母からの電話で、私が住んでいた村でも少子化が進み、通っていた小学校が廃校になることが決まった、という知らせを聞いたのは、その年の春でした。戦後から改修を重ね、戦火を逃れ、続いてきた歴史ある小学校です。ましてや母校の廃校となれば、時代の流れとはいえ、何とも切ないものでした。その年の夏のことです。私同様「母子廃校」のニュースを聞きつけた同級生たちから、校舎が無くなる前に地元で同窓会をしようという企画が持ち上がりました。私が在籍していた時、1学年全体で13名しかいなかったので、同窓会と言っても、ちょっとした飲み会レベルです。それでも同級生のほとんど全員が参加することになり、指折り数えた同窓会当日を迎えました。私が暮らしていた村は、「ド」がいくつも付くような、正真正銘の田舎です。もちろん、村には飲食店などありませんから、一番大きな旧家に住む同級生の実家の、20畳もある大広間を借りて、持ち寄った郷土料理やつまみなどで、大いに盛り上がりました。村に残って家業を継いだ者。町へ出て就職した者。夢の実現のために、今はアルバイトで頑張っている者。なんだか廃校は怖かったですが、楽しくもありました。