小さな幸せ。
わたし、柚木月(ゆずきるな)、高校3年生。地味で、こんな子いるよなっていう、"普通の子"。 ―そして、わたしが"普通の子"を貫き通してきたのには訳がある― 「るーなっ。あーそーぼー!」 「なにすんの~??」 中学2年の夏休み。親友、だった 三浦琴羽(みうらことは)たちと、遊んでいた。そのときのわたしは、明るく活発だった。うちほど元気なクラスはないってくらい、みんなも元気だった。 鮮明に覚えてる。ちょうど、5時になった頃だった。神楽センパイがきたのだ。中3の 神楽玲央(かぐられお)先輩。イケメンで、性格もよく、完ぺきな人。 ―わたし以外にも神楽センパイを好きな人、たくさんいたと思う。 「なぁ、柚木。ちょっといいか?」 周りの視線が一斉にこちらに向いたのがわかった。反射的に、下を向いてしまった。もう一度顔をあげ、言う。 「は、はいっ。なんでしょうか」 「こっち来て」 言われた通りに。。 「あの、、」 「俺、柚木のことが好きだ。付き合ってほしい。」 「なんでっ、わたしなんか...」 「優しいし、可愛いし、最高だから」 そんなに言われると、照れちゃうなぁ。(笑) 「俺と付き合ってくんない??」 「...わたしで良ければ」 わたしにとってはじめての告白は、神楽センパイからだった。そして、初めての彼氏も、神楽センパイ。 その時、琴羽の声が聞こえた。そう言えば、琴羽も神楽センパイのこと、好きだったっけ。 「琴羽っ」 「あっ、」 名前を呼んだけど、掛ける言葉が見当たらない...。 しばらく話せないでいると、琴羽は行ってしまった。 帰るとき、無意識にも聞こえてしまった。 「抜け駆けだよ。るなのこと、信用してたのに」 ひっ、と、すすり泣く琴羽の声が聞こえる。怒りと悲しみが混ざったような声だった。 その日からも、琴羽とは話した。琴羽は、話しかけても答えてくれるし、楽しそうだった。わたしには、そう見えた。でも、あの言葉を聞いてしまったから、本心じゃないってことはわかってた。 だから、わたしはわたしを捨てた。もちろん神楽センパイもフッた。そのおかげで、神楽センパイからもひどく言われてるんじゃないかって、心配だったけど。 別に、いじめられてたわけじゃない。自分で決めた道だ。 琴羽からは、話しかけてもらったけど、話せなかった。そのうち、会話を交わすことは一切なくなった。 そんなことがあるから、わたしは今"普通の子"でいる。 お洒落もしたい。恋愛もしたい。「親友」って呼べる友達とたくさんおしゃべりをしたい。でも、こうやって1人で椅子に座っているわたしなんかに、話す相手はいない。 それが苦痛かって聞かれると、苦痛じゃない。 でも、楽しくも、幸せでも、ない。友達もいなくて、話しかけてもらっても誰とも話せない。こんな生活。 「あのさ、月っ」 不意に声が聞こえて上を見ると、同じクラスの宮原蒼(みやはらあお)がいた。蒼くんは、幼稚園の頃からの幼馴染で、こんなわたしにも優しく接してくれた。 甘い顔立ちで、それに優しく、男女ともに人気な男の子。 でも、あの頃からは、喋っていない。 「どうしたのっ、」 「こっち来て?」 ...あの頃と同じ。嫌だ。逃げたい。そう思った。 「ごめんっ」 「待って!」 「蒼くん、わたしなんかとじゃなくて、もっと違う人と話しなよ!」 思わず強い言い方になってしまった。 「それじゃだめなんだっ。月じゃないと。僕の幼馴染の、優しい月じゃないと!」 「あの頃とは違うのっ! わたしは、優しくなんかない...!」 「月のことが好きだっ」 蒼くんが言った。 「なんでっ」 「ずっと思ってた。月のことが好きだ。だからっ、本当の月がみたい。僕と付き合ってほしい」 嬉しい。でも。わたしは、優しくて誰からも人気の蒼くんとは釣り合わない。だから― 「ごめん。わたしなんか、蒼くんとは付き合えない。わたしじゃない、もっといい人見つけたほうが蒼くんのためにもっ」 「またそうやってっ!何でいつも、月は遠慮するの...? 遠慮しなくていい。僕は月のことがずっと好き」 「蒼くん...」 そうだ。いつも、そばにいてくれたのは蒼くんなんだ。あの頃も、「大丈夫?」って言ってくれたのは蒼くんなんだ。 「僕と付き合って。お願い。僕の前では、泣いてもいいから」 「えっ」 「中2のころ、月が1人で泣いてるのを見たんだ。話したかったけど、嫌われるんじゃないかって思ったし、話しかける勇気もなくて、話せなかった」 気づけなかった。蒼くんもあの頃のわたしと同じで、話したくても話せなかったんだ。 「話せなくてごめん。これからは、何も隠さなくていいから。だからっ、僕と、付き合ってほしい」 「うんっ...!」 小さな幸せ、もう絶対に離さない。