短編小説みんなの答え:2

コーヒーの香り

その日は土砂降りだった。 人生への絶望 未来への不安 現状への不満 もう何もしたくない──── 数々の悩みを抱え、身も心もずぶ濡れの私が見つけたのは、一件のカフェだった。 ドアを開けたらカウンター席と、その横にテーブル席。 コーヒーがふんわりと香る。 「素敵な雰囲気のカフェだなあ」 そうぼんやりと思っていたら、奥から若い男性がでてきた。 あ、コーヒーのいいにおいだ 「貴方、どうしたんですか!?びちょびちょじゃないですか!!ちょっと待っててください、今タオル持ってきますね」 私をまるごと包むような柔らかい声。なんだか心がじゅわっと暖まるように感じた。 戻ってきたあの人は、ふわふわのタオルで私の髪をわしゃわしゃとふく。 あ、やっぱりコーヒーのにおい 「もう、何があったんですか!!見たところ傘も持っていないし!!こんなに濡れて!自分のこともっと大事にしてあげないとだめでしょう!」 怒ってる?なんでだろう 「どうしてこんなところに?」 「…」 私は答えなかった。 あの人は困ったように微笑んで、 「今コーヒーをいれますから。座っていてください。」 と、私をカウンター席まで連れていった。目の前で作られるコーヒーを私はじいっと見つめていた。  数分後、私の目の前にコーヒーが置かれた。 いいにおいだ 「どうぞ。飲んでみてください。コーヒーをいれるのだけはうまいんですよ、私」 誇ったような顔をしたあの人を横目に、私はコーヒーに手を伸ばした。一口飲んだ瞬間、 「あちっ」 予想以上に熱かった。舌を火傷してしまった。 「ふふ」 笑い声?ふと顔をあげると、笑い声のもとはあの人なのだとすぐに理解した。 屈託ない笑顔。今までの紳士っぷりからは思いもよらないな、と思った。 「くく、ふふ…」 声を殺して笑っているようだが、しっかりとばれている。そんなに舌を火傷したのが面白かったのかな。 …ツボが浅い人らしい。その後もずっと笑っていた。でも、悪い気はしなかった。 「また来てよ。いつでも待っているから。」 急にタメ口だな、この人。 「…はい」 驚いた。私が初対面の人と話せるなんて。 「あの、お代…」 「いーっていーって!!またきてくれればそれでさ。」 あの人はまた屈託ない笑顔を私に向けた。 その後もたくさん通い、私は常連客と化していた。客は常連が2、3人いる程度。お店としては少ないが、私にとってはちょうどよく、居心地のいい場所だった。 「俺はコーヒーをいれるのは得意だけど、そのほかはてんでだめなんだ。まあ、そんな俺も大好きだけどな。」 この人、この期間でキャラ変わりすぎじゃないか? 「お前、好きな食べ物とかないのか」 「…オムライス」 「オムライス!?案外かわいいとこもあんだな」 「うるさい」 「二週間後、テストがあるんだ、私。絶対いい点とって見せにくるね。」 「ああ、楽しみにしてるよ。お前に取れればの話だけどな。」 「はあ!?」 「どんな点数でも慰めてやっから。頑張ってこいよ。」 「…うん」 「明日は最後の大会があるんだ。もうこのメンバーでは出来ない。ぜっったい、勝ち進んでやる」 「おーおー気合い入ってんな。頑張れよ。お前ならできるさ。」 「うん!」 その日は土砂降りだった。 また、身も心もずぶ濡れだ。私は。 カランカラン… ふんわりと香るコーヒー。 ずぶ濡れの私にあの人は一瞬びっくりして、その後優しい笑顔で微笑んでくれた。 「待ってろよ。今タオル持ってくっから。」 ふきかたは変わってない。 「…負けちまったか」 「…」 私は答えなかった。あの人は困ったように微笑んで、私をカウンター席まで連れて行った。 「今日は特別メニューがあるぞ。」 と言って、私の目の前にお皿を置いた。 今日は私の隣に座ってくれるらしい。 それを見た瞬間、私は泣き出してしまった。ぼろぼろぼろぼろ止まらない。それは、 オムライスだった。卵がすこしボロボロだけど。ケチャップで、『おつかれさま』と書いてある。こんなん、元気出るに決まってるわ、ばか。 私は思いっきり、あの人に抱きついた。 「大好きだよ、ありがとう」 声が震えてしまった。でもどうしても、どうしても今伝えたかった。 あの人は私の背中に手を回して、 「ああ。おつかれさま。」 と、優しく声をかけてくれた。 優しいコーヒーの香りがした。

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